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苦しい道を選んだ人達② H君 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 苦しい道を選んだ子供達を紹介します。

 都立西高に挑んだH君

 東西のトップ校、日比谷高校と西高校。都立西高を志望した子はいぶき学院では初めての事でした。なぜならこの地域なら日比谷高校の方が近いからです。本人は西高校が気に入ったから受験すると言っていました。

 西高でも日比谷高でもどちらにしても、どうなるかわからない高校です。学校の成績がオール5で偏差値が70を超えていても、受験生たちのレベルには大差がないわけですから、少しのミスで不合格となる事も考えられます。安全を考えて1つランクを下げれば、そのレベルの子であるならばほぼ合格できるでしょう。しかし西高を選んだのです。

 下げて確実に合格する高校を受験することが間違っているわけではありません。それは、その子なりの考えがあってのことだからです。目的と理由がはっきりしているなら何にも問題はありません。

 合格することが難しい高校を選ぶことがカッコいいとは限りません。「西高を受けても受かる可能性は低いのは分かっていた」なとど言い訳をしたら、カッコ悪いですよね。

 かっこいいのは、絶対に合格すると決めて精一杯頑張る事なのです。1つ下げたから楽になったので手を抜くとか、少しやる気を失ってしまうとかは無しです。ランクを下げて受験するにしても、西高、日比谷高校を受験するにしても、絶対に合格すると決めて精一杯勉強する。できれば上位、いやトップで合格するつもりで受験に挑むことが大切ではないでしょうか。
 
 どうせ受かるから、どうせ落ちるから、頑張らないでは本当に大切なもの、合否より大切なモノをつかみ損ねてしまいます。

 彼は、それまでも高いレベルで学習をクリアしてきましたが、西高を受験すると決めて猛勉強を始めました。それは苦しい日々だったと思います。

 絶対合格するという苦しい道を選んだのです。

 自分で決断し、成功を信じ自分を信じ精一杯やる。その結果はどうなるかわからなくとも結果を引き取り、一歩前に出る。それが子供達の成長なのです。そして、それが自律に結びつくはずです。

 最後にいぶき学院の自慢を1つ。過去、日比谷高校、西高校を受験した受験生は全員合格しています。(ただし沢山受験しているいるわけではありません。笑)

自分を高める② 「結果はついてくる」

 子供達を見ていると、答を気にする子、正解でないとがっかりする子が目に留まります。問題を解いて間違ったことやテストで点数が悪かったことを、気にする必要があるのでしょうか?

 未来の幸せを考えるならば、目の前の結果の良し悪しは大したことではありません。

 本当に気にするべきことは、“頑張ったかどうか”、“理解していたかどうか”、“どうして間違ったか”ではないでしょうか?

 結果はどうなるかわからない事であり、後からついてくるものです。そこを気にしていては本来の勉強の目的である『自分を高める』ことにつながりません。

 テストの点数は、『自分を高める』ことを達成するための目標に過ぎません。目標を達成するために頑張り、結果は受け入れ、分析し、次に活かすことで学力がついていきます。

 「式はあっているよ」、「考え方はいいよ」、「いつも、ここで間違っているからそれを注意すれば良くなるよ」、「よく頑張ったね」、「時間、かかっただろう」、「分かりやすいよ」、「見やすい数字だね」、「もう一つ途中式を入れるといいよ」、「(6)はできなくても、(5)ができているから心配ないよ」、「ちゃんと間違えたところをチェックしてきたね」・・・

 子供たちの宿題を1人ひとり見るのですが、“正解であること”や“できていること”を私は殆ど気にしません。正解したから次に進もうではどこかでつまずき、伸びがストップします。正解かどうかや点数の良し悪しで判断するのではなく、理解しているかどうかで判断して次に進むのです。

 「全部あっていたから次に進もう」とか「点数が悪いから中1からの復習をしなければならないですね」とは簡単に判断できるものではありません。

 確かに、一番具体的なのは数字であり、点数が高いことは本人も保護者様も嬉しいことですし、点数が低いと不安になってしまうかもしれません。

 でも、怖いのは点数によって左右されてしまう心です。点数が高いから大丈夫とは限らないし、低いからダメとも言えません。だから、保護者様は結果で褒めたり叱ったりしない事が大切です。もっと別の面を見てそれを分かってあげてください。認めてあげて下さい。

 塾生には「テストの答案を持ってこい」と言います。不安ならば答案を見せていただければ、原因を見つけることができますので答案をお持たせください。

 『自分を高める』ことを目的とすれば、自然に正解が増え高い得点を取れるようになって、結果はついてくるものです。


苦しい道を選んだ人達① 未来は変えられる [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人生の岐路に直面した時、あえて苦しい道を選ぶことは、人間的成長につながります。人間的成長は幸せにつながります。何かを苦労してやり遂げた時の、あの瞬間の何とも言えない喜びは何かをやり遂げた人でなければ味わえません。そしてそこには楽しさがあります。つまり楽になれるのです。山頂を極めた感動を味わうためには、登ろうと決めることと、最後まであきらめないことが必要です。自分を高めようとするならば、目的を持ち行動してやり遂げることです。

 では、苦しい道とはどんな道でしょう。本当は逃げ出して逃げ道に進んでいるのに、苦しい道を選んだように見える人もいます。又、逃げだしたことで本当に苦しくなっている人もいます。

 苦しい道(=自分を育ててくれる道)は目的地がありますが、逃げ道には目的地がありません。行動に一貫性が無く、一生懸命にやっているのに失敗ばかりで周りから叱られてばかりいるようなことも起きます。本来、失敗は成功に結びつくものですから、失敗は歓迎すべきところなのですが、目的のない行動には一生懸命にやっても成長が伴うとは限りません。


 ひとつ思うことがあります。それはスポーツ選手の引退です。現役続行か引退かは大きな岐路です。どちらが苦しいか?何とも言えませんよね。現役続行は苦しいことかもしれませんが、本当はやめたくないのに引退するという決断は非常に苦しいものと思います。横綱千代の富士の引退の映像は忘れることができません。「体力の限界」という言葉。つらい決断だったと推測します。

 先日某TVで、ソフトボールの上野投手が現役続行を決めたということを知りました。「北京オリンピックで区切りがついている(精一杯やった・出し切った)」にも関わらず現役続行を決めたのは「監督に、ソフトボールに恩返しをしなさい。」と言われたからだそうですね。何か思うこと、目的、信念があると諦めずに改めて頑張れる、上野選手はやり遂げられると思います。

 体操の内村選手が「団体で金」、フェンシングの大田選手が「フェンシングをメジャーに」と言う気持ちを持って戦い、それを実現させています。でも、人は実現すると弱くなってしまいます。その上の上を目指して現役続行するならば必ず良いことがあると思います。

 そのTV番組の話に戻りますが、体操の内村選手とレスリングの伊調薫選手が連勝をしているという話題になり、内村選手は「もうプレッシャーとかというレベルは超えている。」と言っています。そして私が考えたことは、勝負に勝つことに2人は執着していないという事でした。内村選手は「美しさ」を伊調選手は「強さ」を追及しているだけなのです。これは、永遠の目標です。だから2人共頑張れるのだなぁと思った次第です。達成してしまう事のない目標を持つ人は強いですね。


 苦しい道を選んだわけではなくても、苦しく辛いことは誰でもあるものです。そこで、諦めずにやり抜くことが出来たなら、必ず未来は拓けます。諦めてしまった後の未来と諦めなかった後の未来。どちらを選択しますか?

自分を高める① 「勝つことが目的ではない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 6/9のブログに書いたことですが、体操の内村選手は「美しさ」を追及していることで勝ち続けている。レスリングの伊調選手は「強さ」を追求することで勝ち続けています。

 共通していることは“勝負に勝つことが目的ではない”ことです。


 20日、有明コロシアムで行われたWBA世界ミドル級王座決定戦で1-2の判定で敗れた村田諒太選手。私は試合をビデオで録画して帰宅後見たのですが、チャンピオンがうまい!

 少なくとも私はそう思いました。それは、ダウンしそうになってもロープを使って倒れない(ダウンを取られないようにする)。足がふらつくとクリンチをするか、打たれてダウンする前にスリップダウンをする。有効打を打たれると、すぐに数多く打ち返したチャンピオンの頑張りを認めはしますが、村田選手のパンチの強さ、ボクシングの凄さを改めて知ることになった試合でした。

 村田選手のボクシングは、勝つためのボクシングではなかったかもしれない。チャンピオンは勝つためのボクシングをしたと思います。だからこそ、私はこの試合を見て村田選手から真の勇気をもらった気がしたと思います。負けた選手ではありますが、カッコ良かったし感動もしました。

村田選手はこれで、さらに強くなったと思います。

無くなって良い学習塾はない③:『経営』と『教育』 [◆学習塾 「活動と学習塾団体」]

 学習塾には色々な営業がやってくる。

 いぶき学院がお付き合いしている教材会社は別として、電話、FAX、メール、飛込みで突然来る人もいる。

 その営業は、「LED照明にしませんか」、「コピー機入れ替えませんか」と設備に関するモノも多いが、何といっても多いのは塾生募集に関するモノだ。広告宣伝、チラシ、ポスター、のぼり、電光掲示板、DMリスト、保護者様との連絡ツール、教材(タブレット、映像)、そして、集客セミナーである。

 つまり、営業は塾生を集めるためのツールやセミナーが圧倒的に多い。後は人件費削減のためにPC等を活用するシステムだ。

 私は教育を良くしたい教育を改革したいと決意して、今の道を進んでいる。したがって、頭の中は『教育』で一杯だ。ご相談を受けても、いぶき学院で学ぶより別の学習塾、別の方法が良いと思えば、別の学習塾を紹介したり、別の方法を提案したりする。いぶきに合う子、いぶきを信頼してくれた子については受け入れる。

 しかし、学習塾はどこからの援助も補助もない。まして、ブランド名で集めることができる大手やFC塾ではなく、いぶき学院は個人塾である。何も手を打たないでいると、いぶき学院の存続が危うくなる。そこで、塾生を集める必要が出てくる。『経営』を考えねばならないのが現実だ。

 初めから、収益を第一として学習塾を始めた方もいると思う。だから、『経営』のための『教育』になっている学習塾がある。とにかく塾生を集めることが第一。手段を選ばないで集めることになる。個別指導塾は講習等でたくさんの回数を取ることを提案する。たとえば、中3生(9年生)で高校受験の夏。中1の基礎からわかっていないとの理由で、中1の最初から復習をしなければならないと言われたら、保護者も本人もそうしないとまずいと思い、1教科20回以上提案されたりするかもしれない。3教科や5教科取ると怖いくらいの金額になる。合格実績も集客の大きなポイントとなる。したがって、子供のために合格させるのではなく、集客のために合格実績が必要だから合格させるという、本末転倒が起きる。

 きれいごとを言っている余裕は、いぶき学院にもないのだが、いぶき学院は『教育』のための『経営』を貫きたい。本当に子供達のためにご家族のために日本のために頑張りたい。

 我々の目標は大井町に無くてはならない塾として子供たちの指導に当たり地域に貢献したい。そのために、理解してくれる子供達、いぶきに合う子供たちに来て欲しいと願っている。結局宣伝となってしまいました。(笑)

分数ができない大学生 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

インターネットで「分数ができない大学生」と検索すると、たくさんヒットします。インターネットなので真意は怪しいのですが、最近の中高生を見ていると間違いなく、分数のできない大学生になると確信できる者もいますし、高校の知り合いの先生からの情報から推測すると、大学生になって分数ができないことは間違いないと思われます。

気になる事が2つあります。

①小学6年生に「大学生で分数の計算ができない人がいるんだよ」と言ってみたところ、私は、それはまずいから一生懸命勉強しようと考えてくれると思っていたところ、こんなことを言ってきた子がいました。「それじゃあ分数を勉強する意味が無いじゃん」、「分数の勉強はしなくてもいいんだ」

②あるサイトでは、『掛け算や割り算と、足し算や引き算の区別が付かなくなる』、とか『しばらくすると忘れてしまうのは当然』と書いてあった。

 問題なのは、勉強をする目的が受験での合格になっていること。
 本来勉強をするということは、自分の心を豊かにすることにあるのではないでしょうか。今まで知らなかった知識を学び、今までの別のものの見方や考え方ができるようになることで、世の中のことに興味関心を持ち、今の生活を今の世の中をより良いものにしていくための行動に移すことで、社会の所属し貢献する。人との関わりが不可欠な人間であるからこそ、自分の心の豊かさは社会に還元され、社会の豊かさは自分自身に戻ってくると考えます。

 勉強の目的が大学に合格することでは、勉強をする意味がありません。合格してさらに知識を増やし、その先にある未来のために多くの価値観を知り、色々な体験をして自分自身を高めていくのですから、本来勉強の目的はそこにあるはずです。合格することが目的ならば、丸暗記、詰め込み、テクニック、カンニング・・・と未来に繋がらない手段に向かうかもしれません。日本は未だ学歴社会は少なくとも継続していますが、学歴よりも人物重視の傾向になってきていることは間違いのないことです。そのためにも貪欲に、新しい知識と考え方を身に付ける姿勢は誰にとっても大切ではないでしょうか。

 そしてもう一つ、掛け算と足し算の区別がつかなくなることや、しばらくすると分数の計算ができなくなることについては、教育の在り方の問題があると思います。それは指導する側と指導される側の両方にあると言わざるを得ません。「計算の答が出ればそれでいい」、「正解ならばそれていい」、「点数が取れればそれでいい」という考えがどこかにあるのではないでしょうか?

 区別がつかない、しばらくすると忘れるという現象が起きるのは、“分数の意味が分かっていない”から起きることです。“加減乗除の意味が分かっていない”から起きることです。小中学生を指導していて最近特に感じることは、理解より正解重視の姿勢が多いことです。理解して、“当たり前”になれば、覚える必要はありません。覚えなければ忘れることは有りません。

 2分の1が半分であることは、小中学生でも大人でも“当たり前”ではないでしょうか?ならば、分数を知らない人はいないはずです。しかし計算ということになると、“やり方”を忘れたとなってしまいます。“意味”を考えれば誰でも簡単に理解できるものです。

 どんなに算数が苦手な子でも、小学生からいぶきにいる子で分数の計算ができない子はいません。“分数の意味を理解”し、“加減乗除の意味を理解”していれば“当たり前”なのです。

 勉強の目的について、やり方重視の学習について、今の日本の教育(学習塾、学校、親、子、社会)は病んでいると思います。私はそこを変えたいです。




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