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自分を高める③ 成長を止める“できればいい” [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

私が自動車教習所に通っていた時のこと・・・自分の運転が下手で自動車に乗ってハンドルを握っても自動車をコントロールしている感はなく、なんとなく仮免となり路上の教習も怖くて仕方ありませんでした。「このまま免許を取っても運転できない。」と思い、できる範囲で教習を重ねたいと思っていました。

ところが、ついに次は卒業検定という日がやってきました。教官にあと少し練習をしてから…と言おうとした時に教官が大きな溜息をつき私にこう言いました。「(お前は)どうせダメだろうけど、(卒業検定を)受けてみるか!?」

  「どうせダメだろうけど」にカチンときた私は「受けます。」と即答していました。そして卒業検定後に合否を言い渡されました。また大きな溜息をついて「しょうがないな、数字の上では合格だ!」

 うまく運転はできないけれど、減点法の検定では合格できるだろうと思っていました。教官の言葉があまりにも私にとって酷かったので、「それじゃぁ合格してやるよ。」と思って臨んだ検定は、とにかく、きょろきょろと確認をしまくり、ゆっくりと丁寧にコースを周り、原点されない事だけを考えて運転しました。

 合格したくなかったのに、教官の一言で合格を選んでしまいました。その結果、実際に免許取得後半年間の私の運転は、事故や違反で減点されるようなことは有りませんが、乗るたびにヒヤリハットを多発し、30分も運転すると他のドライバーから必ずクラクションを鳴らされていました。うまく運転できないのに、免許を取ってしまったために何度か大事故を起こしそうになりました。合格すればいい、結果が良ければいいという“できればいい”はその時はいいのですが後になって大変なことになります。


 中学生の数学。宿題チェック。全員を見てまわりますが、どこを見るかというと、それは途中式。答があっているかどうかに重きを置きません。途中式や書き方で、本当に理解できているかどうかをその場で判断していきます。理解していることがわかれば答が違っていても、先々大きな問題にはなりません。理解していない場合は答があっていても、学力の伸びはいずれ止まってしまいます。

 特に計算の理解は大切です。「計算はやり方があってそのやり方通りにすればできる。」と勘違いしている人がいます。計算にやり方などありません。やり方がないから、どんな問題でも複雑な計算でも難しい問題でも解けるのです。式の意味を理解して計算をしている子の途中式は美しい式で、1つ1つの式に意志が感じられます。それは、数字や文字、そして符号の位置からも感じられ、その子の先々も見えてきます。

 “できればいい”と考える子は、答が出ればいいわけですから、途中式が飛んだりなかったりすることがあります。答を創ろうとする子は意味を考えたり理解することをしない傾向が強いと思います。別に意味が分からなくても答が出ればいいと考えているからです。

 そのような人は、問題の数だけやり方が生まれ、やり方を覚えきれずにできなくなったり、問題が少し変わっただけでできなくなるのです。“できればいい”は学力の伸びを止めるとともに、早く正確に答を出すための障害となって行くのです。

 “できればいい”は結果を気にすることから生まれる考え方(価値観)であると考えます。それは周りの人や環境の影響を大きく受けます。結果を重視する学校、先生、家庭、友人などが考えられます。結果次第でその子が褒美をもらえたり、叱られたり、嫌な思いをしたりするケースや、結果でその子自身を判断されてしまう経験があると“できればいい”になりがちです。又、苦手な教科は考えてもわからなくなり、答を創り始めてしまい“できればいい”となる事も有ります。

 どこかで“できればいい”をやめないと取り返しのつかない事になると私は思います。結果を気にしない(結果を恐れない)気持ちを持つためには、結果よりも過程を認める周りの人たちの協力も必要です。努力や頑張りを認めることが大切です。

 そして、意味から考える癖、物事を理解する癖、「何のために」という目的意識、「なに」と意味を考えること、「なぜ」と理由を考えることが大切であることを本人に気づかせ、実行できるように指導していくことが必要であると思います。


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