So-net無料ブログ作成

スポーツと受験 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 テニスの錦織選手、ゴルフの松山選手、大相撲の豪栄道、スケートの羽生選手もSPで世界最高を出したのに準優勝・・・。みんな優勝に手が届くところまで行って、あと一歩届かず。スポーツ好きの私としては残念でなりません。
 
 優勝した選手とどこが違うのか、技術的な面に大きな差はありません。運もあるでしょうが、「運も実力のうち」。差があるとしたら精神力ということになるのでしょうか?

 私の場合、結果が悪かった場合、思い通りの試合ができない場合のほとんどは「負けたらどうしよう」、「うまくいかなかったらどうしよう」と結果ばかり気にしてヒビっていた運動選手でした。そして「思いっきりやれば良かった」とよく思ったものです。

 野球をやっていた子が学生時代試合で「チャンスに打順が回ってくるな」と思っていて、回ってくると打てなかった。ところがお隣成り、草野球を楽しみでやるようになって「チャンスに打順が回ってこい」と思ってい回ってくると打てたという話があります。チャンスでの打順を、失敗したらどうしようと考え“ピンチ”と考えるか、おもっきり打ってやろう(打てなくても構わない、打てればヒーロー)と考え“チャンス”と考えるかの違いだと言っています。

 勝ちを意識したり、失敗を気にして結果が出ない。いや、納得のできる試合(ゲーム・試験)ができない。大相撲の嘉風は初日から4連敗しながら、結果よりも内容を重視した取り口でその後8連勝。そして技能賞を受賞しました。

 「強い人が勝つのではなく、勝つ人が強い」と言いますが、受験でも、勉強ができる人が合格できるわけではありません。学習量と努力に裏付けされた学力と自信が、最後に結果を出すのではないでしょうか。

 そして、受験は“チャンス”であることを忘れてはいけません。結果を恐れず力をで仕切ることだけです。
nice!(0)  コメント(0) 

わからない道具は使わない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 道具というものは便利なもので、人間の手ではできない事を可能にしてくれる。ところが、その道具の使い道を誤ると大変危険なものとなる。

 ハサミは便利なものであるし、ハサミが無いと困ってしまうほど大切なのだ。ところがハサミを正しく理解していなければ凶器にもなる。

 数学においても、問題を解くための道具は沢山ある。

 一次方程式の“移項”もその一つだ。しかし、「項を移すときには符号を変える」と覚えているだけで、どうして左辺から右辺、右辺から左辺へ項が移ると符号が変わるのか分からないということでは、本当に方程式を理解しているとは言えない。理解していなくても解ければいいでは、先々の学力の伸びは見込めない。

 公式も同様に、どうしてこのような公式ができたのかわからなければ、正しい使い方はできないし、応用も利かず、忘れてしまったら終りだ。公式をしっかり理解していれば、応用も利くし、忘れてしまっても大丈夫だ。それは自分で導き出せるからだ。もっと言えば、公式を覚えていなくても当たり前のように問題が解けるようになる。
 
 円の性質がいくつかあるが、これも正しく理解した上で使う。どうしてこの角度が求められるのかを理解した上で、その性質を使うことが学力をつけるのに必要だ。

 子供達には「わからない道具は使ってはいけない。」と言っている。わからないで道具を使うと、道具が凶器となるからだ。この場合は、学力が伸びないとか成績が下がるという羽目になる。だから「道具は理解して使おう。」となる。簡単に学力をつけるという上手い話は存在しない。コツコツと「なぜ」、「どうして」と考えていくことで、正しい使い方を身に付けていくことをして初めて学力がつくのだ。

 道具は便利なものだからこそ、使い方を誤らないようにしなければいけない。

nice!(0)  コメント(0) 

自分を高める⑤ “信じる” [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人は3つのことを信じると幸せになれると思います。その3つこととは、「人を信じる」、「自分を信じる」、「未来を信じる」です。


 「人を信じる」には、正直になることと素直になることです。つまり人に嘘をつかないことと人を受け入れることです。

 嘘をつき続けている人は、人を信じられなくなる可能性があります。

 嘘をつくことが当たり前になっている人がいました。すると彼は人が嘘をつくことが当たり前だと思うようになり、他人を信じられなくなってしまい、とうとう病気になってしまいました。

 いつも正直に生きている人は、人は嘘をつかないものだと考える力があります。人を信じることができるのです。たとえ嘘をつかれてもそれを受け入れて前進する力もあります。

 嘘をつかないで「人を信じる」ことをしていると、なぜか人が助けてくれたり協力してくれたりしてくれます。それは人から信頼された証拠です。

 嘘をついていると、人を信じられなくなり、さらに人からも信頼されなくなります。正直に生きて「人を信じる」ことは人を助けるだけではなく未来の自分を助けることになります。

 ただし、金銭に関わること等、責任が伴うものは人を信じても不用意(覚悟をせず)に承諾してはいけません。注意が必要と思います。


 「自分を信じる」には勇気が必要だと思います。自分自身には嘘はつけないので、勇気がいるというのは変だと思われるかもしれませんが、勇気が必要となるのは、自分を信じて行動した結果を自分自身が引き取るための勇気の事です。

 行動に移す前から、“できない理由”を考えたり、失敗した時のために“言い訳”を考えたり、思い描いた結果が出ないときに“他のせい”にしたりしない事です。

 自分で決めて一生懸命にやることが大切であり、その結果は気にする必要はありません。

 結果を気にしないためには、努力が必要です。努力が自分を信じる力に変わります。“自信は努力から”なのです。これだけ頑張ったのなら結果はどうあれ悔いはないとなれば良いのです。もちろん初めから悪い結果を覚悟するわけではありません。結果を気にせず、絶対に良い結果を出そうと頑張るのです。

 高校野球、甲子園で優勝できるのは1校しかありません。でも、優勝できなかった高校のすべての選手、地区予選の1回戦で敗退した高校の選手も素晴らしい選手たちです。なぜなら、一生懸命に今まで練習して精一杯戦ったからです。どんな結果になろうとも、選手たちは皆、それぞれ人として成長したはずです。

 「自分を信じる」人は自分自身が、かけがいのない存在であることに気がつくはずです。


 「未来を信じる」ことで人は生きがいを持つことができます。

 順風満帆で一生過ごせる人はいないと思います。人生、山あり谷ありで気がつくと谷ばかり。ほんの少しの安らぎや嬉しさ、楽しさを感じながら日々暮らしています。そして、自分の夢を叶えるために、苦しいことや辛いことを乗り越えていくのです。それは「未来を信じる」からです。

 必ず良いことがある。必ず嬉しいことがある。必ず楽しいことがある。それは、誰でも自分の役割が社会(世の中)にあるからです。必ず誰かの役に誰でも立てるからです。人は皆、必要とされる人間であり、「未来を信じる」ことで頑張れると思います。

nice!(0)  コメント(0) 

わからない道具は使わない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 道具というものは便利なもので、人間の手ではできない事を可能にしてくれる。ところが、その道具の使い道を誤ると大変危険なものとなる。

 ハサミは便利なものであるし、ハサミが無いと困ってしまうほど大切なのだ。ところがハサミを正しく理解していなければ凶器にもなる。

 数学においても、問題を解くための道具は沢山ある。

 一次方程式の“移項”もその一つだ。しかし、「項を移すときには符号を変える」と覚えているだけで、どうして左辺から右辺、右辺から左辺へ項が移ると符号が変わるのか分からないということでは、本当に方程式を理解しているとは言えない。理解していなくても解ければいいでは、先々の学力の伸びは見込めない。

 公式も同様に、どうしてこのような公式ができたのかわからなければ、正しい使い方はできないし、応用も利かず、忘れてしまったら終りだ。公式をしっかり理解していれば、応用も利くし、忘れてしまっても大丈夫だ。それは自分で導き出せるからだ。もっと言えば、公式を覚えていなくても当たり前のように問題が解けるようになる。

 円の性質がいくつかあるが、これも正しく理解した上で使う。どうしてこの角度が求められるのかを理解した上で、その性質を使うことが学力をつけるのに必要だ。

 子供達には「わからない道具は使ってはいけない。」と言っている。わからないで道具を使うと、道具が凶器となるからだ。この場合は、学力が伸びないとか成績が下がるという羽目になる。だから「道具は理解して使おう。」となる。簡単に学力をつけるという上手い話は存在しない。コツコツと「なぜ」、「どうして」と考えていくことで、正しい使い方を身に付けていくことをして初めて学力がつくのだ。

 道具は便利なものだからこそ、使い方を誤らないようにしなければいけない。

nice!(0)  コメント(0) 

比べるということ① 「単純化と統一化」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中3生の図形の授業で言い続けていることがいくつかある。

 ① 「面積の問題は面積を求めない。体積の問題は体積を求めない。」

 それではどのようにして、面積や体積を求めるかというと・・・『比べる』のだ。

 もちろん、『比べる』ことでは求められない問題や、『比べる』必要のない問題もある。

 小学生の時に勉強した四角形や三角形の面積の単元、中1の立体の表面積と体積の単元は、基本的な考え方を理解するために、面積や体積を求めることになるのだが、求められることは当然として、そこから次の事を学びたい。

 ② 「面積は底辺と高さで決まる。」
 ③ 「体積は底面積と高さで決まる。」ということだ。

 入試問題は時間制限がある。「時間があればできたのに…」と言ってみても点数が上がるわけではない。制限時間内に速く正確に解けるだけのレベルにならないと合格点は難しい。

 だから、問題演習をして「解けたからOK」ではいつまで経っても学力はつかない。常に一番良い考え方、つまり早く正確に解くことを追及してこそ学力がつくのだ。

 自学自習で伸びない原因の1つはそこにある。また、家庭教師や個別指導で先生についてもらい指導を受けても、指導する方が次のような指導していては時間の無駄である。

1つ目は“こなす授業”である。問題の解き方を教えて、形式上は先に進んだように見うる授業。理解していなくても、実践では通用しない方法でも構わない。出来た、進んだという事実をつくるだけの授業。

2つ目は“正解重視主義授業”で別の考え方があっても正解ならば次に進む。理由がわからなくても構わない。

 もう1つは“説明や解答を説明する授業”である。参考書の解説や問題集の解説を説明する授業。参考書の解説は読めばわかるし、わからないならば先生が解説にはない別の視点から説明してあけることだと思う。個別指導の学生講師でも生徒が理解できていなければ、具体例をあげたりすることはできる。解答の説明は解法の説明であり、問題の説明ではないので、それだけでは応用力がつかない。

 子共たちにとって大切なことは、本番でいかに得点を取るかである。目の前の問題が解けることではない。

 そのためには、本番を常に意識して問題を解くこと。やり方を覚えるのではなく、問題を理解すること、そこからわかることを考えること、何がわかれば良いかを考えることを練習するのだ。それにより、本番で得点を取れるようにするのである。

 だからこそ、常に速さと正確さを追求していくこと(→単純化と統一化)であり、そのために1つの問題について1つの解法で満足しないで別、の解法も理解していく姿勢が大切である。

 得点力をつけるためには、常に速さと正確さを追求していくこと(→単純化と統一化)であり、そのために1つの問題について1つの解法で満足しないで別の解法も理解していく姿勢が大切である。

 単純化と統一化については、勉強以外のすべての事に通ずる。数学の問題を解決していくプロセスは生活やビジネスにも役に立つことが多いと私は思っている。

nice!(0)  コメント(0) 

病から得たもの [◆徒然なるままに 「自分らしく生きる」]

 9年ほど前、初めて入院した。それまでは体力には自信があり、取り柄が体しかないと思っていた自分が入院をした。1週間の入院であったが、退院をして1年ほどは普通に生活できなかった。

 その入院前の苦しさは半端なく、思い出したくもないことのひとつである。土日を挟んでいたので月曜日に病院に行こうと思い我慢をしていたのだが、日曜日の夜は痛みで一睡もできず、1秒をあんなに長く感じたことはなかった。朝病院が空くのを自宅のベッドで横になり持った。長い長い夜だった。病院の受付で倒れ即入院となった。

 その時と退院後の不自由だった経験は私にとって大きなものとなった。気圧の変化が及ぼす体調の変化も体験した。病というものの怖さと、病にかかっている人の辛さを多少なりともわかるようになったからだ。

 生ということへの意識も高くなった。時間を有限であり、無駄な時間を過ごさないように生きていこうと考えられるようにもなった。

 2度と経験したくない事ではあるが、あれがあったからこそ自分は変われたし、人の気持ちも少しわかるようになったかなと思う。

 以前もブログで書かせていただいたが、自分が経験したことについては、他人と共感できる。人の人生は喜びも楽しみもあるが、悲しみや苦しみもある。少しでも多くのひとの気持ちを分かってあげられるよう、思いやりと優しい気持ちが持てるように、人は頑張り、一生懸命生きるのではないか。

nice!(0)  コメント(0)