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中学受験と受験理由 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 以前、「区立中に行きたくないから私立中を受験する」という話を聞いたことがあります。また、「学区が廃止されて、区立中を選べるようにならなかったら区立中に行かなかった」とも。

 私立中受験の理由が「区立中に行きたくないから」では、あまりにも寂しすぎます。学校では真面目に授業を受けていない子でも、いぶきに来ると真面目に勉強をします。それを考えると、子供たちがやる気がないわけではないし、不真面目なわけでもないと気づきます。

 いぶきで学習する時と同じように学校でも振舞えないかと考え、いぶきだけではなく、どこでも頑張れる子を目指して指導を継続しています。勉強に直接関係がないことでも人として大切なこと将来役に立つことも伝え、勉強や受験を通して人間的に成長できるよう活動しています。

 塾に来ている時だけ良い子で、他で人に迷惑をかけたり、努力を怠ったりしていては意味がありません。

 志望校に合格するために勉強をして、合格した後勉強が分からなくなったり、楽しくなかったり、学校を辞めたりすることは避けたいことです。

 塾での良い影響を他でも発揮して頑張れるよう、結果が出た後でそれを糧として前に進めるようにしたいものです。子供たちの未来の生活を豊かにできれば、日本が良くなり皆幸せになれるのではないでしょうか。

 そのために、いぶき学院は存在しています。だからなくてはならない学習塾だと私は思っています。

 さらに、いぶき学院だけではなく近隣の学習塾や学校も巻き込み、子供の奪い合いという土俵から降りて、みんなで地元の教育を改善し子供達と日本の未来のために活動しているのが、大井町から教育を考える会(OKK)なのです。

 OKKの春期定例会で「区立中も凄く良いけど、あの私立も良いなぁ」を目指すことを確認しました。

 中学受験の理由は「行きたい学校がある」からです。

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何度言ってもできない子② [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

何度言ってもできない子に対しては、まずできない理由を見つけ出すことが必要です。

自分自身で考え理解しようとしている子には、1つの事を色々な切り口から話をしていきます。それは、できない理由が、やる気が無いことや教えてもらおう(考えない)という理由ではないからです。

切り口を変えるというのは、身近な事から考えさせたり、具体例を挙げたり、図や表を書いたり、前の単元や基本に戻るということも有ります。

それに対して、自分自身で考えず教えてもらおうという子は厄介です。それは、教えるとその場ではできてしまうからです。できてしまうということは、指導する人間が本当は解っていないことに気づかないこと起きます。したがって、指導者は本当に分かっているかどうかをチェックすることが重要です。同じ問題をやらせても出来てしまうので意味がないので、少しだけ異なる問題をやらせたり、理由を聞いたりすることでチェックをします。

このような子は「できれば良い」、「答が合っていればいい」、「やり方がわかれば良い」、「わからなければ覚えれば良い」等と考えていたり、「答が合っている=理解している」とか「やり方を覚えることが勉強だ」と勘違いしていたりする場合があります。全くやる気が無いわけではありませんし、人によっては凄くやる気のある子もいますが、試験での結果は良いものにはなりません。

「答を出すこと」や「答が合っていること」よりも、「考えること」や「理由を説明できること」の方が大切であることに気づく必要があります。

小学生には、理由を考えさせたり説明させたりし、式やそこにたどり着くまでの過程に目を向けて「それは素晴らしいことだ」と受け止めるようにしています。

中学生くらいになってくると、価値観が固まってくることや結果を捨てる不安感などから、結果より過程を重視する考えに移行することが難しくなります。

しかし、時間はかかりますが、丁寧に過程の重要さを伝えることや、過程重視によってもたらす結果を体験させることで少しずつ変化がみられるようになります。

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何度言ってもできない子① [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 自分で考えようとしないと、どんなことでも身に付きません。

自分自身の力で何とか成し遂げようとする人が、ヒントをもらい自分自身で気づき、教えを受けた時にその教えが自分のものとなるのです。

 自分で考えようとしない人、自分で何もやろうとしない人、何も成し遂げようとしない人、向上心の無い人、目的を持っていない人は、いくら素晴らしい指導を受けても身に付かず、その場限りのものとなってしまいます。

その場では恰好がついて、できるようになっていても身に付いていません。ですから、しばらくすると忘れてしまいできなくなります。

 その場限りの人ができるようになるためには、また教えてもらうことになります。しかし、その場限りなので、その時はできてもすぐにできなくなります。


何度も繰り返すうちに身に付くのは作業であり、そこに目的は有りません。目的があるとしたら、その作業ができるようになる事にすぎません。

本来、どんなことでもその先に大切なこと(本当の目的)があるはずです。今目の前にある事を身に付けることが、何に結びつくのかがわかって初めて、今やっている事が活きるのです。

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小学生・中学生の学習法5 「小中学生の危険信号」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 小学5年生の時に入塾した子の話です。彼は最初の算数の授業で「どうやって解くの?」と聞いてきました。私は授業後すぐお母さんに連絡をして面談をしました。その子は頭が良くて知識も豊富でしたが「どうやって解くの?」と言う言葉に危険を感じたからです。危険を感じた理由は次の2つの可能性があるからです。

① 解き方を教わってそれを覚えて解いている。
② 自分で考える習慣がない。

 このままでは、先々勉強ができなくなること、新しい発想を生み出せなくなること、言われたことしかできなくなることにつながると思い、家庭と連携していくことをお話ししました。

 その後、彼は目的と理由を考える子に育ち、自ら考え実行していける人間になっています。大人になった彼とは今でも付き合いがあるのですが、彼ならば一生涯成長し続けられると確信しています。

 このように、小中学生の言葉から未来が見えることがあります。それがその子にとって良くない事であるならば、原因を探りじっくりと修正を試みます。その子にとって良いことであるならば、肯定的に受け止めて暖かく育むようにします。

 その子の未来に不安を感じる言葉として、「どうやって解くの?」、「やり方を忘れた」が考えられます。

 これらを言われて、やり方を教えてしまうと、自分で考えようとしなくなったり、答が合っていればいい(その場だけ何とかなればいい)という考えが根づいたり、意味が解らなくてもやり方を覚えるようになったりする可能性があります。

 そうなってしまったら、無計画で自分の判断で行動できない大人、言われたことしかできない(言われたこともできない)大人になってしまうかもしれません。

 それらの言葉を言われたら、答や解き方(やり方)に向いている目を問題に向くように促します。

 「どんな問題なの」、「問題に何と書いてあるの」、「わかっていることは何」と聞いてみます。

 そして「ということはどういうことなの」、「そこからわかることはある」と誘導します。

 答にたどり着いたら「自分で考えてできたね」と自信をつけさせたり、もう一度「どうしてそういう答を考えたの」と理由を確認して考えるくせをつけさせたりすると良いでしょう。

 いぶき学院の先生たちには、「我々のできる事は、どうして解らないかを分かってあげる事と教えない事」であることを常に話しています。

 子供達は1人ひとり、解らない理由が異なります。その理由を見出してその子の事を分かってあげる(その子の考えを受け止めてあげる)。

 そして、その子自分が考えるように働きかけることが大切であると考えています。

 ポイントは教えないこと、そして正解が目的地ではないことです。目的地はその子が自分自身の考えを持つことです。

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人生に失敗はない、次に向かう大谷選手 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 MLBの大谷選手が、2度目の先発で7回途中までパーフェクトピッチングをしました。

 試合後のインタビューで彼は「ヒットを打たれてないのは知ってましたが、完全試合をしようという感じはなかったです。むしろいつ出るか待っていました。(ヒットが)出た時にどう気持ちを整理して次のバッターにしっかり向かって行けるかが大切で、そういう意味では打たれた後にフォアボールを出したのは今日よくなかったことです」

 「打たれた後に気持ちを整理して次に向かって行けるかが大切」と言えるところが凄いと思いました。彼は「ヒットを打たれた後フォアボールを出したことが良くなかったこと」と反省し、次に活かそうとしているのです。

 ただ、どんなに彼が素晴らしい投手であっても、この先全て良いピッチングをして、全ての試合で勝利を収めることはできないでしょう。

 しかし彼ならば上手く行かなくても、それを糧として成長し続けることができると思います。

 さらに、どんなに良いピッチングをしても彼自身が満足せず、常により高いレベルをめざし続けるのなら、誰よりも大谷選手は記録と記憶に残る選手となって行くのではないでしょうか。

 パーフェクトな人生はあり得ません。むしろヒットを打たれてばかりで、三振なんか一つも取れないようなのが人生かもしれませんが、そこから今の自分にないモノを得ることができるのなら、それは失敗ではありません。いつか訪れる成功のための糧なのです。

 うまく行かなかった時、そこから自分を高めるためには、結果を恐れず一生懸命にやる事(投げる事)が大切です。上手く行かなかった時(ヒットを打たれた時)の理由が明確になるからです。そして、結果から目をそむけず受け入れて(整理して)、新たな目標に向けて一歩踏み出す(次のバッターにしっかり向かって行く)のです。

 人は全員、全てのことを成功させることはできません。しかし、上手く行かなかったことを教訓として次に活かすことはできるはずです。

 人生に失敗は有りません。だから、今を一生懸命に生きたいものです。

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小学生・中学生の学習法4 「理由がわからない公式は凶器!?」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親の時代と子の時代は今でも暗記型学習が継続されています。もちろん親の時代でも暗記型の学習をしていなかった人もいますが、親の時代は暗記型の学習が通用した時代であったということです。ですから、保護者様から「覚えれば(暗記すれば)できる」という声が聞こえてくるのは無理がありません。むしろそれが普通だった時代ということも言えると思います。

 しかし、暗記型学習は学力を伸ばすことができないということを認識する必要があります。

 高校生や大学生がアルバイトをするとそこにマニュアルがあり、マニュアル通りに仕事を行うことになります。ところがそこには理由が書いてありません。マニュアルは手順の指示書であるため理由は不要なのです。しかもマニュアル通り仕事をしなければ、企業にとって大切な改善ができないのです。

 又、学校の成績が「3以下」の子たちを中心に集めている学習塾があり、そこでは講師に理由を教える事を禁止しています。学校の試験で得点が取れることが目的だからです。そこで学んだ子たちは、本当の学力がつくでしょうか。せっかく合格したのに勉強についていけるでしょうか。社会に出て活躍できるでしょうか。そして幸せになれるでしょうか。

 問題を解くために知識は絶対に必要ですが、「暗記をしても問題は解けない」のです。「暗記教科は存在しない」のです。速さの問題が得意な人は、速さの公式を覚えていません。実際中学生までの数学で暗記しなければいけない公式、つまり知識から導けない公式はほとんどありません。ただしそれらも検証はできますから、公式を丸暗記する必要は全くないのです。

 むしろ、理由がわからない公式(意味がわからない公式)を覚えて解こうとしても良いことは有りません。覚えているから忘れたり、覚えているから応用できなかったり、たくさん覚えていないといけなかったりします。わかっていれば公式を自分でつくれますし、公式を使わずにできたり、形が変わった問題にでも応用できたり、少しの知識で無限の問題が解けるのです。覚えている人は覚えた数しか問題が解けませんし、問題を解くために公式ややり方を覚え続けることになります。それには限界がある事は言うまでも有りません。

 公式や解き方は“道具”に過ぎません。どうしてそのような道具があるのか、どのように使うのかを理解していなければ、使いこなすことはできません。目的を誤れば凶器にもなってしまうのです。

 「速さの公式は、速さ=距離÷時間 です。それでは3時間で60㎞進んだ時の速さはいくらでしょう?」と授業をすると、子供たちは公式に3時間と60㎞を当てはめる事に頭を使い、正解を喜ぶことになるでしょう。

 「3時間で60㎞進みました。1時間に何㎞進みましたか?」とすれば公式は不要で、しかも「1時間に進んだ距離を速さと言うんだよ」と言えばいいのではないでしょうか。

 いぶき学院の中学3年生は因数分解が終わり、平方根の学習に入っていますが、全員「乗法公式」を使わずに教科書レベル以上の因数分解がわかります。

 子供達には考える力が満ち満ちています。我々はそれを引き出すことが役割だと考えています。

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言ってはいけない言葉 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

『勉強しなさい』少なくとも中学生以上には逆効果です。理由は本人が「やらないとまずい」ことを知っているからです。やろうと思っているのに先に言われたら、逆にやる気をなくします。
やれない理由があって悩んでいるところで言われたら、自分の事を分かってくれないと反発をするでしょう。

 我々ができる事は、受験の仕組を伝え正しい知識と情報を持ってもらう事と、志望校に合格した後の将来について考えてもらう事です。その上で勉強をしない理由を分かってあげる事、そしてそれに対して、我々のできる協力をすることだけです。我慢して見守る事が親の役割です。


 『覚えればできる』最近多く耳にすることは、「勉強ができなくなった」、「頑張っているのにできない」、「勉強法がわからない」、「時間が経つと忘れる」等です。それらの共通の原因は『覚えることが勉強』という意識を持っていることのような気がします。

 理由もなく覚えたものは短期記憶であり、忘れることも早く、覚えた問題しか解けません。さらに、理由を記述で聞かれても答えられません。『覚えればできる』の背景には、結果重視、合格重視の考えがあると考えられます。

 人生100年、学校を出た後の人生の方が圧倒的に長いわけですから、目の前の結果に追われてその後の成長を止めることは避けねばなりません。

 大切なのは、受験や勉強を通して得たものです。目標に向けて一生懸命に頑張った気持ちとその経験。問題を解くためのテクニックではなく、問題文の理解とそこからの発想。そして合格が通過点であるという認識です。

 覚えて合格した人は、考えることよりも暗記で問題を解決しようとしたわけですから、それからの残りの人生どうなってしまうのでしょうか?覚えなければ行動できず、覚えていることしかできないことになります。すこしの状況の変化にも対応できません。
 
 しかし、覚えなければ忘れない。理解して考える人は、無限の可能性がそこに生まれるのです。

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勉強ができるようにならないのは… [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「こんな勉強をしても大人になって使わない」と言う人がいるが、そもそも学校の勉強は大人になって使うためにやるのではない。勉強をする事や勉強を頑張る事に意義がある。それにより人間力を高められるからだ。そして、直接的に使わない勉強でも、そこからの気づきや発見が将来役に立つのだ。

 だからこそ、答を出すとか、良い点数を取るとか、良い成績を取るとかが将来重要な事ではない。「でもそれでは志望校に合格できないのではないか?」と思うかもしれないが、そこを第一に考えない方が結果は良くなる。急がば回れでそこを急ぐことで取り返しのつかないことが起きてしまう。

① 「わからなければ覚えてしまえ」に先はない。思考を止めて記憶に切り替えることになります。その後は全て記憶に頼ることになり、全て記憶できない事は当然なので、応用力もなく学力はつかない。「暗記教科」は存在しないのだ。

② 「公式を覚えて代入する」は覚えてしまえと同様の事が言える。もし公式を覚えて活用するならば、公式を導けるようにすることと、公式の意味を理解することが重要だ。そして、何のための公式であるかという公式の目的もわかっていないと、使い方を誤る。

③ 「試験前は頑張る」のは当然だが、学力をつけようとしたならば普段の授業が重要で、授業中にどれだけ集中して理解できるかが勝負だ。家に帰ってわからないところを復習するのではなく、わかっているところを復習する人が伸びる。家庭学習では理解を深めるための復習と単語や漢字、語句を理解した事に合わせて身に付けるようにするのだ。

④ 「わからないところを教えてもらう」ことは少しすっきりするかもしれないが、学力はつかない。わからないところを考え直すこと、わからないことの理解することならば良い。教えてもらう場合に他人のやり方を覚える形になる事が危険だ。なぜならそこに理解は無いからだ。

⑤ 「わからなくなったから頑張る」人は次へのステップに遅れてしまう事になる。頑張る人は、わからなくなってしまって今頑張っている場合と、わからなくならないために今頑張っている人に分類できる。どうせ頑張るなら、後始末より準備である。

結果を急がず、今やっていることをきっちりとやり遂げることで、目標達成を目指すこと。目の前の結果にとらわれず、先々困らないように、本当に頑張る時のために学習の抜けをつくらないことである。

勉強ができるようになる人と、ならない人の差は紙一重である。しかし、その差は時が経つにつれ大きな差となっていくのだ。


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コミュニケーションが取れない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 こんなお医者さんがいる。診察をしてその結果や考えを一生懸命に伝えると患者が不安になる。患者がその気持ちを話したり質問したりすると、一生懸命に丁寧に応えているのだが患者の不安は解消されない。

 それは何故だろうと観察しているとある事に気づく。それは一生懸命に自分の考えを伝えよう、分かってもらおうとしているのだが、患者の話を聞いていないことである。患者がどうして不安なのか、どんな意図を持って聞いているのかが分からないのに、自分の話を分かってもらおうとしているからだ。

 「コミュニケーションが取れない」、「コミュニケーションが苦手」ということを耳にするが、コミュニケーションの基本は聞く事、相手の気持ちを分かってあげることだ。一見話し上手で話し出すと止まらない人は、本当にコミュニケーションが取れているのだろうか。コミュニケーションは一方通行ではない。いくら話をしても相手が聞いてくれなかったり、解ってくれなかったりしたらコミュニケーションが取れているとは言わない。一方的に話をしても相手がしっかり話を聞いてくれて、分かってくれたならコミュニケーションが取れたのではないか。

 「相手に対して何を話したらいいか」と悩まずに、「相手の話を聞こう」と考えると気も楽だし、真剣に聞いてあげてうなずくだけでも充分だ。解らない話や言葉は「それはどんな意味なんですか?」と聞けばいい。わかったようなふりをしていると、話が先に進んで益々わからなくなり、うなずくこともできなくなる。聞くと相手は話を聞こうとしてくれているあなたに、喜んで話をしてくれるはずだ。

 勉強では、記述式の問題が増えている。都立の中高一貫校の適性検査は、ほぼ記述。だからここで勘違いが起きる。「表現力が大切だ」、「自分の考えを言葉にして書く力が必要だ」と。記述の問題は、自分の好きな事を書きなさいと言う問題ではなく、題材が与えられていてそれに対して、気づいたこと考えた事を書くのだ。だから簡単なのだ。与えられた題材の“話を聞いてあげる”、“題材を分かってあげる”ことをすればいいのだから。

 作文や小論文でも題材が与えられている。それに対して自分の意見考えを書く。

 それらは、人と人とのコミュニケーションと似ている。コミュニケーションが相手の話を聞いてわかってあげる事から始まると同様に、記述、作文、小論文も題材を見て読んで、題材を分かってあげる事から始まる。

 「コミュニケーションが話す力であり、記述の問題は表現力である」ことは間違いはないが、「コミュニケーションし聞く力であり、記述の問題は読み取る力である」ことが前提としてある事を忘れてはいけない。

 どんな事でもわかろうとすることから始まる!



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教わらないことの大切さ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人は一生成長し続けることができます。いや、『成長し続ける能力』があるのです。ところが大人になって伸び悩む人も少なくありません。どうしてでしょうか?伸び悩んでいる人の話を聞くと、「教わっていない」とか「知らなかった」、「聞いていない」、「身につかなかった」、「自分に合っていなかった」、「そもそも初めから嫌だった」・・・だんだん訳が分からなくなります。

 本来、自分自身に起きていることは自分に問題があり、自分の責任であるはずです。ところが伸び悩んでいる人の中には、自分以外に原因を作っている人もいます。それでは伸びること、つまり成長すること、言い換えれば“自分を変えること”はできません。

 勉強で新しい単元に入った時、誰もまだ教わっていませんし、知らないことの学習になります。そこで、「教えてください。教わらないとわかりません。」となるのか、自分自身で考えて、「なぜ、どうして。」と理解しようとするのかで差が付きます。わかろうとする子では新しい内容が身につき、それを利用して別の問題(応用問題や難問)に対しても積極的に取り組み、学力を伸ばしていくことができるのです。

 小学生の算数で、「台形の面積を求めよう!」と紙で切った台形を渡して考えてもらうと、教えなくても子供たちが自分自身で5通りくらいの方法を見つけ出します。(上底+下底)×高さ÷2という解き方は、そのうちの1つにすぎません。自分で学んで得たことと、誰かに教わって意味も理由もわからず、数字を当てはめて答えを出すのとは大違いです。

 ところが、中高生の中には教わる癖がついてしまい、考えればわかることを考えようとしなくなる子が出てくるのです。

 教わる学習は、「答えを出す。得点を取る。良い成績を得る。」という点では結果として、自らわかろうとする学習と同じかもしれませんが、将来のことを考えると、誰かに教わり教わった通りに行動していくことよりも、自ら知らないこと分からないことを学んで行動していくことが望ましいことです。

 ただ、教わる学習が悪いことと言うことではありません。意味を考えないで覚えること、理由もわからず使うこと、目的もわからず利用することが一生涯の成長を妨げる要因ではないかということです。また、教わらないとわからない知識(定義、語句など)は教わるか調べるかして身に着ける必要は当然あります。

 しかし、基礎知識を身に着けて、それを活用して新しい問題を解決していく力をつけるためには、「教わらない」こと、「自ら学ぶ」ことが大切です。「自ら学ぶ」ことで今まで誰もわからなかったことを解明したり、新しい技術を開発したりすることができるのではないでしょうか。教わらないとできない人は、誰もやった事がないことはできませんし、自ら新しい道を開拓することはできません。

 したがって、一生涯成長できるようになるために「勉強を教える」ということは、問題の解き方を伝えてその通りに子供達にやらせることではありません。それでは教わらないとできない、意味も目的も考えられない人間になってしまいます。

 我々は、いかに教えないで、塾生が自分自身で考え理解して新しい知識を身に着けていけるかを常に意識して指導しています。それをすることで、子供たちの持っている『成長し続ける能力』を最大限発揮できると考えています。


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小学生・中学生の学習法3 「意味の無いモノは存在しない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親の時代は今の先生たちの時代でもあります。今の大人たちが、覚える事は大切だと考え、さらに必要だと思うのは無理も有りません。覚える勉強が役に立った時代であることは確かなのですから。

 もちろん私もその時代に生きていました。ですから、覚えるという事は当然でしたし、私も覚える勉強もしたことがあります。しかし、覚える勉強(丸暗記する勉強)は身に付かず、ある程度暗記できても次から次へと消えていくだけでした。

 人は意味のないモノは覚えられないようにできているようです。覚えるためには何かに関連づけたりすることが必要です。ですから、目的や理由を考え理解することが必要になるのです。漢字や慣用句や英単語を由来から学ぶと忘れないのと同じです。何も意味のないモノは殆どありませんが、数字の羅列等はごろ合わせを利用したり、漢字や語句を由来するのも、意味を持たせる一つの手段です。

 目的や理由を考え理解することができれば、自然に覚えようとしていたモノが自然に出てくるようになるのです。覚えなくても正解を出すことが可能になります。しかも表現が違っていても答えることができ、身に付けたモノを利用して別の問題も解く事ができます。知識を組み合わせたり応用させたりすることで、今まで誰も出来なかった問題も解く事も可能です。

 丸暗記は覚えた事しか答えられませんが、理解は無限の問題を解く事ができるのです。

 「覚えればできる」、「○○は暗記教科」と大人が言うたびに子供たちは、意味を考えようとせず、理由を理解しようとせず、本当は勉強ではない「丸暗記」という作業に時間を費やすことになるのです。

 「今、覚えようとしていることには意味があるんだよ」と大人たちが言ってあげれば、子供たちは意味を考えたり、理由を理解したりしようとするのではないでしょうか。

 人は見て聞いて、そこから何かを感じ、発見し自分の未来の糧にしていくことで成長していくことができます。

 私は子供たちに、見たり聞いたりしたことを、そのまま覚えていればいいと考えている人間になって欲しくありません。見たり聞いたりしたことから、意味を見つけ出して欲しいです。それが、人を育み成長させていくことにつながると思うからです。

 この世の中にある全てのモノは存在する意味があるのです。1つのモノから無限の発見があり、子供たちの可能性も無限大なのです。


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小学生・中学生の学習法2 「子の時代」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 現在の小中高生の親が子供だった頃は、学校への合格がその後の人生を決定し、知識系の問題と記号問題が多かった。

 バブルがはじける前から、企業は必要な人材を見直してきました。そして、その後は「企業が社員の面倒を見るのではなく、企業の面倒を社員が見る」ようになって行くのです。

 大学入試では、バブルがはじける寸前の平成2年からセンター試験が知識型の試験として導入され行われるようになりました。平成17年に都立の中高一貫校ができ適性検査型入試を導入、思考型の試験が登場してきます。さらに東京都立高校入試でも記述問題が増加、都立高校の推薦入試には集団討論が義務付けられ、他人の話を聞いて自分の意見を伝える力が試されています。2020年にはセンター試験が廃止され、新しい大学入試制度が始まります。

 社会情勢により教育の在り方が議論され、新しい教育が始まる頃にはその教育が古いものとなっています。教育制度は社会から20年以上遅れているのです。

 これからは「覚えれば(暗記すれば)できる」入試ではありませんし、昔から「覚えてできる」人を企業は欲していません。必要な情報を整理して、その情報を分析して自ら判断できる人を欲しているのです。

 さらに、大学の定員割れが起こり、望めば大学に入れる時代が現代なのです。大卒であっても就職できるかどうか、就職しても継続できるか、就職しても結果を出すことができるかどうかはわかりません。大学に合格したというだけでは将来の保障にならないのが今の社会です。実力があれば年齢に関係なく、それに見合う賃金を得ることができますが、いつまでも勤められるという保障も有りませんし、一流企業とはいえ経営に心配がないとは言えません。

 社会に出て働いて生活をしていくためには、どんな大学に合格しても、どんな会社に就職しても、常に変化する社会に対応できるよう自分自身も成長していくことが必要です。だから、「わからなくなったら覚えればいい」は通用しないのです。「合格したから大丈夫」もないのです。

 目的を持ち、ぶれない自分を持ち、成長し続けることができる人間になって行くことが大切です。

つづく



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全員、金メダル! [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「こんな勉強をしても大人になって使わない」と言う人がいるが、そもそも学校の勉強は大人になって使うためにやるのではない。勉強をする事や勉強を頑張る事に意義がある。それにより人間力を高められるからだ。そして、直接的に使わない勉強でも、そこからの気づきや発見が将来役に立つのだ。

だから、良い点数を取る事や合格することは二の次だ。私は学習塾を経営しているが、それらを最も大切な事とは思っていない。

 学校の成績は現在、“絶対評価”あるが全員5を付くことも、全員1が付くこともない。“相対評価”に近い“絶対評価”と言えるのではないか。中高大の受験は他の人たちとの競争であり、定員がある以上、得点が高いということで全員合格と言う事にはならない。学校の成績も志望校合格も相手に対しての自分の評価で結果が出る“相対評価”と言える。

 だからこそ、良い成績や高得点を取ることが大切かもしれないが、逆に全員が良い成績で高得点でも、受験ならば誰かが必ず不合格となる。したがって本当に大切な事は、そこではないと思う。

 ピョンチャンオリンピックでも色々と考えさせられた。4年間厳しいトレーニングと練習を積んで本番を迎え、会心のレースをしても金メダルを取れるとは限らない。その舞台に立つまでの過程とその舞台でそれを出し切る事が大切ではないか。最善を尽くした結果は受け入れるしかない。

 小平奈緒選手がスピードスケート500mで金メダルを取ったが、レース直後「これで負けたら仕方がない」と思ったそうな。悔いのない努力、悔いのないレースがあったからこそ、そう思えたのではないか。たとえ、金メダルを取れなかったとしても、彼女がしてきたこと、彼女かやったことに対して誰も「意味がない」と言えない。アスリートとして、一人の人間として素晴らしい。

 相手の結果に対しての自分の結果で順位が付く“相対評価”がオリンピックかもしれない。しかし自分自身を高めて自分自身に打ち勝つという“絶対評価”は存在するはずだ。“相対評価”では金メダルは1人だけかもしれないが、“絶対評価”なら全員金メダルも可能だ。

 そのための目標が良い成績と高得点、そして志望校合格であると思う。それを目指して頑張ることで子供たちは成長していく。自己ベストを尽くし、自己ベストを出して全員金メダルだ。


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勉強大嫌いⅥ 「楽しいから継続できる」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

受験勉強を楽しくできるならば、勉強を継続して頑張ることができるのです。

① 目的意識を持ち目標を設定して、その目標を達成するための学習計画を立てることから始める。

 どんなことでも「何のために」という意識を持つことは重要です。目的意識を持つことで、ぶれずに最後まで継続して頑張れます。
 そして、目標を設定してそれをクリアするための学習計画を立てて、学習に取り組みます。目標をクリアすることが自信につながり楽しみにもなるはずです。
 目標は目的を達成するために必要なことです。必ず数値目標として掲げるようにしましょう。最終目標以外に短期(1~3か月)目標も有った方が良いです。また、学校の試験や模擬テスト毎に目標を設定していくことは必ずすることです。到達できない目標、やり遂げることが困難な計画は、その都度変更していくことになります。


② 「入試に出る」とか「出ない」とかを気にせず、「知りたいこと」、「疑問に思った」ことを学んでいく。

 「なぜ」、「どうして」という気持ちを持ち、その気持ちに従い学ぶことへの関心と意欲を重視していくことが、勉強の楽しさにつながります。教科書に書いていない事や教わっていない事でも、調べたり先生に質問したりすることは良いことです。無駄な勉強は有りません。


③ 「とにかく覚えればいい」、「わからなくなったら覚えればいい」という考えは捨てて、「見ないで言える、説明できる事(わかる事)」を増やしていく。
 覚え始まったら後戻りできなくなります。覚え続けなければ成績を維持できないという罠にはまり、覚えるという作業から抜け出せず、学習時間を増やしても成果は期待できません。
 「やり方を忘れた」は危険な兆候です。覚えても覚えても、前に覚えたことを忘れていくので、知識量は殆ど変りません。
 しかも、理由を考えない丸暗記では、覚えていたのに書けなかったり、勉強したはずなのに少し問題が違うとできなかったりします。忘れない一番の方法は、覚えないことなのです。
 例えば、数学の公式を覚えて活用するのではなく、理解して“当たり前”にすると公式を考えなくても解けるようになります。
 覚える学習法は苦しく辛いものです。理解する学習法は楽で、やったことがない問題も解けることになり学習の楽しさを知ることになるはずです。
 「わかった!」という喜びは学習の継続に不可欠です。できない事やわからない事を気にするよりも、できた事わかった事に喜びを持っていくことです。誰でも最初から全部わかる人はいません。「千里の道も一歩から」です。


 目標を達成する楽しさ、興味のあることを知る楽しさ、楽に学べる楽しさを持てれば、勉強をしているという感覚ではなく、自分の好きなことをしているという感覚になります。

 ただ、現実にはどうしても好きになれない、楽しくなれないこともあるはずです。それを勉強というのです。その嫌いな勉強の先に“楽”が待っていることも確かな事です。そのために勉強も必要なのです。

 どちらにせよ、誰でもどんなことでも、考え方しだいで、意欲的に前向きに頑張ることができることは間違いありません。


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勉強大嫌いⅤ 「楽になるために人は行動を変えられる・楽しいことは継続できる」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 今やっていることが辛いことでも、未来の夢を叶えるためには辛抱できる。苦しいことでも、未来を信じて我慢できる。そして、辛抱して我慢して諦めなかった人だけが辿り着くものを夢と言うのかもしれません。

 本来勉強は人の好奇心や知識欲から学ぼうという気持ちが湧き、自ら勉強していくもののはずです。しかし、受験勉強ではその学ぶことの本質を蔑にしていることがあるかもしれません。

 受験勉強だと、どうしても受験へ向けての学習計画もあり、受験に出ない部分は割愛せざるを得なかったり、考えさせる時間を長く取れなかったりすることがあります。

 以前、高校受験生(中3生)に「銅は加熱すると酸化銅になるのに、酸化銀は加熱すると銀になるのはどうしてですか」と質問されました。すごく不思議ですよね。すごくいい質問ですよね。質問した子は素晴らしいです。でも、それは高校受験では不要なものなのです。

 好奇心や知識欲が満たされないと、本当は楽しいはずの勉強が辛く苦しいものとなってしまうのです。それでは勉強が好きになれるはずもなく、勉強をやろうという気も起きないのは無理も有りません。

 逆に楽しければ、どんな難しい話でも子供たちは一生懸命に聞いてくれます。そして、真剣に考え結論を導き出そうと頑張るのです。

 いぶき学院の小学生の非受験クラスの子たちは、好奇心が旺盛です。
 受験(テスト)に出るとか出ないとか、大切だとか、後で困るとか関係なしに、面白いこと、興味がある事に食いついてきます。それが中学内容でも高校や時には大学の内容でも、一生懸命に考えます。
 中学受験をしない子たちは学校の学習内容を充分学習する余裕があり、授業は楽しく進めていくことが可能なのです。
 一緒に考えて、友達の考えを聞いて、自分の考えを発表して、再びみんなで考えていく。自分たちで学ぶ楽しさが生まれるのです。
 その中で興味があることや疑問に思うことを、小学生の範囲を超えて質問してきますから、「なぜ」、「どうして」をある程度のレベルまで引き上げることが可能になるのです。

 同様に、受験勉強でも楽しくできるならば継続して頑張れるはずなのです。

つづく

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中学校を休むな、高校受験生! [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 私立中受験が始まり、次は私立高校の一般入試、そして都立高校一般入試と続いていくのが2月。

 ところで、高校受験を間近になった今、区立中学を休む受験生がいると聞く。

 休む目的は何だろうか。

 体の調子が悪く受験前に体を壊してしまうと、本番の入試日に試験を受けられなくなるから?

 精神的に追い込まれてしまい、とても学校に行ける状態ではなく入試にさえ行けるかどうかわからない?

 体も心も問題は無いが、受験勉強に専念し学力をつけるための時間を確保するため?

 もし、勉強をすることが目的であるなら、あまりにも身勝手であり、あまりにも悲しいことである。

① 入試が2月にある事はわかっていたはず。直前になって慌てて勉強をするというのは、無計画すぎる。長期にわたり計画的な学習をすることが将来の自分のためになる。

② 義務教育である中学校。まして、税金で運営されている区立中を自分の理由で休むということは、納税者に対してあまりにも失礼千万。今までに税金で支払われた授業料を返納して欲しくなる。

③ 区立中の先生方も、生徒が高校受験をすることはわかっており、受験校も把握して受験指導に精一杯やられているはず。それに対して何の有難味も持っていない。休むことが当たり前と思っているかもしれないならとんでもない。

④ 受験をする友達たちがまだ沢山いる中で、学校を休んでしまう事は全体の雰囲気を悪くする行為である。推薦入試で既に合格した友達は、これから合格する友達を応援し、これから受験する友達は仲間として互いに切磋琢磨し励まし合い、全員で合格するというモチベーションを高めていくときである。友達のことも考えて行動すべき。

⑤ もし、区立中の受験指導が自分に合わない場合。「合わないから休む」ではたして良いのだろうか。その考え方は全てにおいてマイナスである。周りのせいにして自分の行動を正当化しているに過ぎない。そのような考え方を15歳でしているようでは、将来も同じことをし続けることになる。さらに、「合わないから学校のやり方を変える」ことができると考えられないか。100人も生徒がいるのだからクラスを無視して、志望校別のクラス編成とかができるかもしれない。生徒たちが、休まず頑張ってくることで生まれる不都合が学校を改善していくのだ。学校を休むことは学校を良くするきっかけを奪っている。同様に自分勝手な事をすることは未来の社会を良くできない。

⑥ 学校を休む中学生が親になった時、“同じこと”つまり、入試前に学校を休ませるということを子供に許す。あるいは勧めるかもしれない。親から子へ負の連鎖が経ち切れない。

⑦ 身勝手な学校を休んで受験勉強をするということで、もし合格したら「休んで良かった」となり、その子の未来は明るいものになると私は思えない。そのような考えを継続していくからただ。

⑧ もし、学校を休んで受験勉強をする子が上位校に合格したら一大事である。上位校は子供達を育てて、日本の将来、社会に貢献できる人材の育成が伴うからだ。しかし、そのような子は、社会貢献ができる人間になれるのだろうかと思う。学校を休む子は上位校に入ってはいけないし、高校は合格させてはいけないと私は思う。その子の人生のために、日本の未来のために強く思う。

 そして、試験前に学校を休むことは、我々大人、地域全体がそれを認めてはいけないと思う。

 区立中の先生方も大変なご努力をされているはず。学校を休んで受験勉強する子が「休まなければよかった」、学校に来ている生徒が「学校に通っていて良かった」と言う指導を私は応援したい。

 受験生もご家族も学校の先生方も学習塾も、願いは同じで「本人の未来の幸せ」ではないか。そのための良い高校受験となることを願う。

 学習塾の先生方!中学校を休んで勉強をしている受験生がいたら、精神的に余裕が無いなど理由があると思うので話を聞いてあげて欲しい。目の前の合格より、彼らの未来の方が大切だから。

 休んでいる中学生諸君。今からでも学校へ行こう!自分の未来、みんなの未来のために!!

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基本に戻れ!“受験生よ、逃げるな、あきらめるな、君に限界はない” [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中3生は最後の追い込みだ。数学の授業ではギリギリまで学力を伸ばし、都立の共通問題ならば100点を取れるように仕上げることが目標だ。

 そのためには少し難易度の高い問題を解く。良問は解けなくても考えること、途中まででも正解に近づくこと、色々な考え方で解けることを知ることが学力アップにつながり、問題を解く沢山のアイテムを得ることができる。

 そのアイテムは『解き方』、『テクニック』、『公式』ではない。“基本”だ。

 1人の塾生が「この問題を解くのにネットで、こんな公式を見たんですが、これではだめですか。」と言ってきた。「そんなの覚えるな!」と一喝。理解できない公式を覚えていても使えないし、しかもその公式を使う問題が出る可能性は低い。

 自分自身が理解できていない公式(やり方)を覚えていても、それを使って解けるのは同じ問題だけ。問題が少し変われば役に立たない上に、忘れたら解けない。さらに、その塾生は類似問題に間違って使用しようとしていた。全然違う問題なのに、覚えた公式で解けるのではないかと利用することで頭が一杯になっていた。

 何事も「わからない」、「できない」と諦めたら伸びは止まる。「無駄だ」と思ったら人間の成長は止まる。

 難しい問題でも“基本”しか使わないで解けてしまう。クラス全員が理解できるのだ。登れない山はないし、解けない問題は試験に出ない。一番の敵は自分自身であることを忘れてはいけない。

 良問はテクニックや公式を必要としない。“基本”通り考えれば解くことができるものだ。わからなくなったら『覚えればいい』、わからないから『覚えてしまおう』、面倒くさい問題でも『これを覚えていれば簡単だ』は危険だ。

 公式は理解した上で利用するなら話は別だ、誤った使い方もしないし、多くの問題(少しくらい問題が変わっても)に利用することができる。

 都立高の上位を受験するその子は、最近順調に来ていたからこそ残念でならない。やる気もあるし力もある。凄くもったいない。

 でもまだ時間はある。やり方ではない。公式ではない。受験でもスポーツでも仕事でも、どんなことでも、最後は“基本”で決まるのだ。

 それを習得できれば、全ての問題が同じ問題に見えるものである。

 逃げるな、あきらめるな、最後まで全力で!

 君には限界はない。

 必ず夢は叶う!


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都立高校推薦入試 「全員合格するぞ!」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 都立高校の推薦入試

 先日の日曜日に、都立推薦入試を受ける生徒8人で、個人面接と集団討論の練習をした。

 都立の推薦入試の危険性(注意事項)を確認した上で「推薦入試受ける」と決断した者たちだ。

 約6時間彼らは一生懸命に、聞き、考え、伝えることを一生懸命にやり抜いた。

 面接練習もやるたびに改善されていく。4人ごとのグループに分けて、1人の面接を他の3人が聞いて、終了後に見学者の3人が面接練習をした者にアドバイス(感想、意見)をした。どこの高校を受験するかも全員が発表して知っている中で行った。全てオープンで、互いに高め合う研修の場であった。

 集団討論は6人でグループをつくり、2人が試験管のつもりで聞いていて終了後に総評を言う。参加していなくても一生懸命に討論を聞きアドバイスをしていた。

 もちろん、私もアドバイスをして色々なケースの討論を行った。

 6時間経過して練習が終わった時、8人に絆みたいなものを感じた。5中学校で男女混合、いぶきで一緒に授業を受けていても話をしたことがない者もいたと思う。その8人が見事につながった。8人の一体感を感じた。1つのチームとなり全員で1つの目標に向けて頑張った後の心地良さがそこにはあった。

 「大人になったなぁ」という喜びと、「成長したなぁ」という嬉しさと、「やってよかったなぁ」と言う充実感があった。塾の先生をやっていて良かったと感じる瞬間であり「幸せだなぁ」と私は思った。

 全員が「合格したい」と思い、必死に頑張る姿を見ると全員合格する権利があると私は思う。

 ただ、残念ながら割合的には、8人中合格は2人か3人だ。もちろん全員合格できるかもしれないが、そうならない事もある。

 「この中で合格者と不合格者がでることがある。不合格した者は、合格者に『おめでとう』と言おう。不合格しても絶対に一般受験で合格するから心配ない。合格した者は“応援団”になろう。そして、全員合格しよう。」

 少なくとも、この日で8人はちょっぴり成長したと確信した。

 「推薦で全員合格するぞ!そして、一般受験の仲間の“応援団”になるぞ!

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小学生・中学生の学習法1 「親の時代」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 いぶき学院は小中高生を対象としている学習塾です。塾生や塾生の保護者様からの相談は当然のこと、塾生外の方の相談も少なくありません。その中に学習面で気になる相談事がいくつかあります。特に気になる相談事は、「頑張っているのに、それが成績に結びつかない」です。

 私が学習塾業界へ足を踏み入れたのはバブルがはじける前です。それから現在に至る平成時代は社会の変化が著しく、それに遅れて教育も変わってきました。平成の初期に小中高生だった人達が、今まさに小中高生の親となっています。親が子供だった時代と、現在は全く異なる社会であり教育となっています。そこをしっかり認識していかなければ、さらに大きく変わる未来社会に対して、子供たちが適応していくことは難しいと言わざるを得ません。

 親の時代(親が子供だった頃)は「覚えれば(暗記すれば)できる」、「理科社会は暗記教科」という話が通った時代であったと思います。

 バブル崩壊は平成3年から5年にかけてですから、中学3年生時にバブルが崩壊した人たちは現在40歳を超えてきました。それまでは『幸せ方程式』の時期に当たり、有名高校→有名大学→一流企業→年功序列賃金制+終身雇用です。

 子供の人数も多く、入学試験は『知識系+記号問題』が主の時代でしたから、確かに暗記すればできる問題が多く、記述式の問題は稀であり、わからなくても答え(記号)を書くことができました。

 わからなくても覚えていれば合格することが可能で、有名校に合格すれば、人生の最後まで安泰となる可能性が高い時代だったのです。

 もちろん、全てがそれに当てはまることは有りませんが、少なくとも現代は記述問題や思考力を試す問題が多くなり、年功序列賃金や終身雇用も主流ではありません。

つづく

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勉強大嫌いⅣ 「人は嫌いな勉強に対して、やる気をださない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「自分はどんなことでも長続きしない」と思っている方はいらっしゃいますか。

 本当は充分続いているのにそのように思っているだけかもしれませんし、本当に長続きしていないのかもしれません。

 ところで長続きするとは、いったいどのくらい続く事を言うのでしょうか?
 習い事で1ヶ月、半年、1年、3年・・・、書道や柔道、剣道などで段を取るまで・・・、部活動などで最後の大会が終わるまで・・・。

 又、長続きしないということはどんな事なのでしょうか?
 ゲームやスマホを試験が終わるまでやめようと思っていたのに、ついやってしまった。
 志望校合格まで頑張って勉強しようと心に決めたのに、勉強をせずに誘惑に負けて友達と遊んでしまった。
 禁煙を誓ったのに吸ってしまったり、お酒を週1日抜こうと思っていても抜けなかったり。

 それではどうして続かないのでしょうか?
 でも、長続きしないという人でも、長続きをした経験があるのではないでしょうか。だとしたら、自分自身には長続きする素質(力)があり、長続きしない原因は自分にあるのではなく、外に要因があるはずです。

 長続きしたことを思い出してみましょう。
 釣り、ダンス、野球、サッカー、ゲーム、ライン、電車を見る事、喫煙、飲酒、ショッピング、読書、コレクション、映画鑑賞、連続テレビドラマ鑑賞、盆栽、好きな歌手のコンサートに行くこと、プロ野球観戦に行くこと・・・

 そして、それらの長続きしたことに共通することは、「楽しい」ではないでしょうか。

 長続きしなかったことは辛くなかったですか。苦しいことではなかったですか。面倒臭いと思ったら続けることは難しくなります。

 辛いことは継続が難しいです。ですから辛いことでも、「やると決めた事だから頑張る」と決断し、1ヶ月も続けられればすごいことだと思います。長く続かなかったではなく、むしろ長続きです。

 何かの区切り、段を取るとか、最後の大会までとか、合格するとか目標達成まで続かなかったとしても、辛いことなら続かないので当然です。どこかに無理があったからです。

 ゲームをやめる、禁煙や禁酒は辛いことです。だからやめられないのです。

 目標達成まで続けることができなかった理由の辛いこと、苦しいこと、無理していたことを排除することができれば最後まで、やり抜くことができるかもしれませんし、達成できなくても満足漢が得られるかもしれません。

 なぜなら目標達成に向けて頑張る事は人を成長させることになるからです。辛くても苦しくても頑張れるのは、その後に待っている達成感、充実感という喜びがあるからです。ただ、そこに価値観が見いだせないときには一気にやる気を失います。ひとりで頑張れる人もいますが、そうならないために、周りの支えが必要になることも有ります。
 
 ゲームをやめる事が辛く、ゲームをやることが楽しければ、ゲームをやめることはできません。ゲームをやめることができるとしたら、又はゲームをほどほどにすることができるとしたら、その他に楽しみを見つけることです。他の楽しみとは、テレビとか音楽、趣味、友達と出かける事なども考えられますが、勉強に楽しみを見つけることができないか考えてみることにします。

 煙草もお酒も、吸わない事、飲まないことが、体にとって楽になる事、気持ちの上で楽になる事を実感できれば止められる可能性が出てきます。医者にストップをかけられると、その方が後で楽になると考えて、今は我慢することができるかもしれません。

 無理なことは続きません。辛いこと苦しいことも続きません。ただ、それらはその後に待っている充実感を楽しみとしていくことで継続できるかもしれません。

 楽になることのために人は行動を変えられます。そして、楽しいことは長く続けることができるはずです。

つづく


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