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入った学校が自分にとって一番良い学校だ! [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 受験が終わり、受験生がそれぞれの学校へ進学します。

 第一志望の学校に進学する人、第二志望、第三志望・・・に進学する人。
 
 新しい学校に入学する人は、進学の大原則である「入った学校は自分にとって一番良い学校」であることを肝に銘じてください。それは第一志望でも第一志望以外でもです。

 志望順位、受験前の行きたい学校かどうかは、入学したら関係ありません。

 第一志望でも嫌になるかもしれませんし、気が進まなかった学校でも好きになるかもしれません。気持ちの持ちようでいか様にでもなるものです。

 もし、第一志望以外の学校が嫌だとしたら、頑張った自分に申し訳がありません。頑張った結果ならその結果を潔く受け入れることができるはずです。受験勉強は結果を受け入れるために一生懸命にやるのです。合格できるかどうかは誰にもわからないから精一杯やるのです。
精一杯やれば、その結果はどうあれ自分自身が満足のいく受験になるはずです。結果が悪くても、精一杯頑張った自分を責めることができますか、精一杯頑張った人を他の誰も責めることはできないのです。むしろ褒め称えるべきです。だから、「入った学校が自分にとって一番いい学校」なのです。

 そして、入学した学校で卒業するまで過ごすことになるのですから、その学校で自分のやりたいこと、できることを精一杯やる事しかできません。その学校はあなたにとって替えの効かないものなのです。あなたはその学校で自分を活かして有意義な生活を送ることができれば良いはずです。

 たとえ、周りの人から何と言われても気にする必要はありません。頑張った結果である上に、その学校でやっていくことに決まったわけですから、あなたのできることは、繰り返しますが、その学校で自分のやりたいこと、できることを精一杯やる事です。

  悔いのない人生とは、良い結果を出すことではなく、精一杯生き抜くことと思います。

 「こんなはずじゃなかった」、「第二志望だから深く考えずに選んでしまった」、「もっと頑張れたのに」と思う人もいると思いますが、その時はあなたも必死だったのではないですか。

 全てを受け入れ、それを次の一歩のエネルギーに変えてみてはいかがでしょうか。


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都立高校の合格後の入学辞退に思う [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

2019年度入試。いぶき学院は全ての入試が終了し、後は大学の合格発表待ちの状況です。

「第一志望全員合格」を目標にやってはおりますが、なかなか達成できません。いぶき学院の20年間で「第一志望全員合格」を達成できたのは、2,3回ほどです。それはいぶき学院の初期で受験生が少ない時期の事です。最近の5年間ではあと1,2人という年が3年ありますが達成できていません。

言い訳になりますが、日比谷高校や小山台高校の倍率が1倍切る事は考えられませんので、それらの高校を第一志望とする受験生は全員が合格することは有りません。

それでも「第一志望全員合格」を目標に我々は日々頑張っていきます。


さて、それらの高校を第一志望とすると先ほど書きましたが、日比谷高校を第一志望として受験しない人がいるのでしょうか?

私立トップ校が第一志望で、あくまでも都立高校では日比谷高校が一番と言うケースは有ります。

しかし、私立高校入試は都立高校入試前に終了しており、第一志望の私立に合格したならば都立高校を受ける必要はないはずなのですが受験する人が少なくありません。

したがって、辞退者が必ず出ることを考慮して都立高校は多めに合格者を出すのです。

特に辞退者が多いのは日比谷高校です。

今年度、男子定員133名に対して合格者142名、女子定員121名に対して合格者128名。合計定員254名のところ合格者を170名出しました。つまり定員より16名多く合格しているのです。

それにもかかわらず、日比谷高校は5名を2次募集としました。想定よりも多く辞退者が出たことになります。

都立高校は繰り上げ合格の制度がありませんから、再度試験を行って定員を埋めることになります。

日比谷高校の2次募集5名に対して出願者は171名。倍率は34.20倍。1次募集の不合格者は211名ですから、不合格者の人数に近い出願者数と言えます。

果たしてその出願者171名の中に、1次試験で不合格となった人はどの位いるのでしょうか。私個人としては、日比谷高校を第一志望として受験した人を優先して欲しいと思ってしまいます。

それは、合格しても辞退することを前提で受験した人がいるかもしれないからです。

始めから辞退しようと考えている人が受けて合格しなければ、1次試験を受験した本当に日比谷高校に行きたかった、日比谷高校第一志望の人が不合格にならずに合格していたからです。しかも5名もです。

初めから辞退しようと決めている人の受験は、真剣に入りたいと考えて必死に取り組んできた人に迷惑であり、失礼な行為であると私は考えます。

もちろん、諸事情により辞退をした人もいるでしょうが、日比谷の辞退者数は半端有りません。その辞退率は、日比谷高校(4~5%)と肩を並べる都立の難関校西高校(1%前後)と比べてもその不自然さは半端では有りません。

もし、記念受験で合格したことを自慢したいだけならやめて欲しいです。都立高校は第一志望の人が受験して合格して欲しいからです。

最後に、もしそれが学習塾の合格実績のために受験させられたとしたら、絶対に許されない行為となります。同じ学習塾の者としてそのような事がないと信じたいです。


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人生100年時代、少しの差が大きな差に [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 日本人の平均寿命は伸び続け、今や人生100年時代と言われるようになりました。長く生きることになったということは、学び成長する期間も長くなったということです。

 人は見聞することで学び成長していきます。その学びは初め小さくても、長い年月で考えると大きなものとなります。

 言い訳は成長を妨げ、丸暗記の学習は学力の伸びを止め、目的のない生活は時を奪います。若い時はあまり気にせずにやっていることが、後で大きな差となって人生を左右することになります。

 モノ(物、事)1つの見方でも千差万別であり、それを活かすかどうかは自分次第です。成長できる人は、全てのモノから感じ、考え、発見することで学んでいける人です。

 世の中に無駄なものはありません。存在している物にはその理由が、起きた事にもその理由が必ずあります。

 新しいモノの見方考え方をすることで、斬新な発想や新たな創造が生まれます。

 人は一人ひとり異なる存在であるので、生き方もその人に合ったものであって良いはずです。

 人とは違う自分の生き方をしていくためにも、新しい世界を見るためにも、少しだけ学び方を変えてみると面白いと思います。

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都立高校入試当日 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 いよいよ、2019年度入試も都立高校一般と国立大学といったところを残すのみとなりました。

 そして、2月22日は都立高校入試当日です。入試前の授業を終えて、入試に対する心構え、試験の受け方などを何度も確認しました。


 最後は、“気持ち”が合否を分けます。

 「やるだけのことをやった。」と言う気持ちで受けること。試験直前まで参考書やノートなどを見ているようではそのような気持になりません。試験前や休み時間はリラックスして過ごすこと。

 「自分ができる問題だけできれば良い。」と言う気持ちで受けられれば、プレッシャーも軽減されるはずです。できない問題も解かなければいけないと考えると、できる問題を落とすことになります。受験生は少なくとも、模擬テストでは合格圏前後には入っていたはずです。都立高校の倍率は平均で1.4倍~1.5倍で、受験生の半分以上は合格となる入試です。と言うことは、出来る問題を落とさなければ合格に近づくのです。


 2月17日の日曜日、理科と社会の10時間特訓を行いました。その時はまだ本番まで5日ありました。受験生に2つのことを話しました。

 1. 受験が終わった時に、自分のことを褒めてあげる。
“誰が何と言おうと私は頑張った”
あと5日あるので、自分がやるべきことを決めて精一杯やる。周りの人たちの評価より、自分なりに頑張ったという思いが未来に結びつきます。

 2.どんな結果になろうとも、入学する学校をみんなの前で言えるようにする。
“入学する学校が自分にとって一番良い学校だ”
「○○高校に入学する○○です。高校では勉強も部活も頑張って、充実した高校生活を送りたいです。」

 結果を受け止めて前へ出ることが成長の証。それが言えれば新たな未来が広がります。

 受験勉強は合格の為ではなく、未来の自分の為のものであると思います。


 今年も、頑張った塾生たちを褒めてあげたいです。


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割り算の筆算のやり方? [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「たてる→かける→ひく→おろす・・・」

 小学生の授業。私は学年の途中から入塾してきた塾生達が、割り算の筆算がどのくらいできるか知るために、まず好きかどうか聞いてみました。

 おそらく割り算が嫌いとか嫌だとか言うと思いながら、「割り算は好き?」と聞いてみると、何と「好き。」と言う返事が多数。「できる?」と聞くと、「できる。」と言います。

 それならばやらせて確認しようと考え、「○○ページの1番の問題をノートにやってみよう。」となりました。

 やらせてみると、割り算や筆算についての理解がされていないのに正解は出せることが分かりました。筆算を機械的にやって答えを出しているのです。しかも、「たてる→かける→ひく→おろす・・・」のひとつひとつを理解していないことも分かりました。その子は正解を導くために、何をやっているのかわからないまま、意味が解らない作業を永遠と続けているのです。

 意味が解っていればすぐわかることを一生懸命に何度も書いて、消して、書いて、消して、書いて・・・教わった通りの手順を繰り返し、答を出そうとするのです。かけ算を間違い、ひき算を間違い、おろし方を間違いながらです。

 誰でも何をやっているのかわからない作業を続けることは苦しいと思います。しかし、それを必死に続けている子がいるのです。

 あまりにも頑張って計算するので感動して、授業の最後に「大変だったね。良く頑張った。すごいよ。頑張れる子だということがわかったよ。」と声を掛けました。

 何とか、その子が楽に楽しく計算ができるように指導していきたいと思いました。


 割り算の意味は?
 割り算はどんな時に便利な計算か?
 筆算で答を出せる理由は?

 それらが解って筆算を利用するのなら、筆算は素晴らしい計算のツールとなるはずです。

 しかし、筆算が答えを出すだけの道具であるとしたならば電卓で十分です。割り算だけではなく、加減乗除はもちろん複雑な計算は全て機械(電卓、スマホ、PC、アプリ等)がやってくれます。しかも人間より早く正確にです。


 我々が算数の計算から学ぶことは、その“意味”と“活用法”です。その上で筆算の“やり方”(答を出せる理由の理解と使いこなし)を習得することはOKだと思います。

 学びの目的は思考力と創造力をつけることです。みんな同じやり方をする必要はありません。誰も考えたことのない発想で、誰もやったことが無い方法で問題を解決できたなら、素晴らしいことではないでしょうか。

 ところが、いつの間にか学びの目的が正解を出すことになり、そのために画一化されたやり方を教えられ、訓練によって身に付けるようになっている気がしてなりません。しかもそこに“理解”はなく“暗記”があるのです。

 自由な発想、新たな創造のために大切なのは、目的と理由です。


 子供たちを取り巻く大人たち(学習塾の先生、学校の先生、家族)が目的と理由を考えるように導くことで、思考力と創造性が育まれていくと信じています。その一助となれるように我々も頑張っていきたいです。


 (ちなみに、私は割算の筆算のやり方を教える授業や、「たてる→かける→ひく→おろす・・・」と覚えさせる授業はしておりません。)


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公式を覚えていなくてもできるのに・・・ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中学1年生の数学は、各区立中学校(※品川区は義務教育学校)が昨年末から図形の単元に入っています。図形の単元とは、空間図形(垂直、平行、距離…平面の決定…作図、おうぎ形)と空間図形(立体の体積と表面積)です。

 そこでは、計算で図形の角度や長さ、面積、体積を求めることが出てきます。おうぎ形では、面積、中心角、弧の長さ、そして角柱と円柱と球では、体積と表面積を求めます。
いぶき学院のカリキュラムは学校より早く、既に学習が終わっています。


 先日、中1の生徒たちが、「『学校で公式を覚えなさい。』と言われるけど、公式を覚えていなくてもできるのに・・・」と話していました。私が「覚えていなくてもできるのだから、いいじゃないか。」と言うと、「試験に公式が出るから覚えなければならない。」と返答されました。


 公式を覚える目的は何でしょうか?

 問題を解くため、正解を求めるためならば、公式を覚える必要はありません。

 ここでは公式を覚える目的が、試験で点数を取るためになっていますから、本来の目的には合いません。

 覚えていなくても、おうぎ形や立体について理解することで、確実に解くことができる塾生たちにとって、「体積を求めるために公式を覚えなさい。」は確かに困る気持ちは理解できます。


 そもそも、中1の図形の単元で公式を覚えて解くことは先々何につながるのでしょうか。これからの学習や高校受験に結びつくのでしょうか。少なくとも覚えて解くことは先には結びつかないでしょう。意味も分からず、やり方を覚えて、その通りに数字を当てはめると答が出る。これが“解った!”になるのでしょうか。

 私は、学校や学習塾で公式丸暗記型の指導が少なくないと思っています。

 学校や学習塾の先生方の指導を批判する気は毛頭ありません。皆さん、考えがあって指導されているからです。又、公式丸暗記で代入させるのではなく、公式を導くことや理解することに重点をおいた指導、公式の意味を解らせた上で使わせる先生も沢山いることも確かだからです。


 我々指導者は、今の学びが今後何につながり、何を目的としているのかを充分に理解することで、その場での“正解”の価値について考えていく必要があると思います。

 私は家庭(地域の方々)と学校と学習塾が教育について会話を持つことで、互いの立場を相互理解し尊重し合い協同することが、子供たちのためになると考えています。

 我々の願いは1つのはずです。だからこそ、1人の子に多くの人が携わる教育を実現させたいです。



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