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規則を守るのはなぜ? 「成長できる子・子の自律」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 規則は改善するために守るのです。

 規則を守らずみんなが思うがままに行動してしまうと、その規則の欠点が浮かび上がってきません。欠点、つまり直すべきところを探り当て、その規則自身の有用性を高めていくことで、我々はより快適に豊かな暮らしができるのです。

 それは他の事でも同様な事が言えます。


 計画を立てるのはなぜですか?
 
 「目標を達成するため」

 では、目標達成のために計画はどのように役立つのですか?

 「計画を立てると、期日を守りやろうとするから」

 では、計画が狂ったらどうしますか?

 「計画を立て直します」

 つまり、計画は立て直すために立てるのです。


 我々は授業を無計画にやる事はしません。必ずカリキュラムを組んで実行します。

 ところが、カリキュラム通りに事は運ばない時があります。その場合はカリキュラムを変更して授業に臨みます。カリキュラムを組まないと変更ができないのです。

 カリキュラムを組んで実行するからこそ、授業をどうしていけばいいかが見えてきます。


 私は、人の人間的成長について考えています。このことは、人の成長にも当てはまります。

 なりたい自分になる(ビジョン・志・夢を実現する)ために、観察(広く・深く・遠く)し、そこから分析(考える事)をします。そして、自分で決めて実行する、結果を受け止め原因を探り前に進むことが成長ではないかと思います。

 “自分で決めたことを実行する”ことから成長は始まります。


 だからこそ、決めたことを実行する必要があると私は思います。


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赤信号、渡らないのはなぜ? 「子のしつけは親の行動がポイント」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「赤信号みんなで渡れば怖くない」というのがありましたが、本当は横断歩道で赤信号の時は渡ってはいけませんよね。

 ところでその理由は何でしょうか?


 私の知っている横断歩道の話ですが・・・、押しボタン式のその横断歩道は見通しが良く、しかも夜は自動車が少ないです。ですから自動車が見えないと、ボタンを押さずに赤信号なのに渡る人たくさんいます。ボタンを押すとすぐに青信号となるのに押さないのです。

 一番ドキッとするのは、親子連れが一緒に赤信号を渡っている時です。「赤信号でも自動車が来ない事を確認できれば渡っていい。」と子供に刷り込まれてしまうかもしれないからです。

 「危なくなければ渡って良い。」とか「怖くなければ渡って良い。」という考え方が身に付いてしまうのは、その子の将来を考えると本当に怖いことです。

 もし自動車が来ないことが確認できても、警察官が立っていたら渡りますか?

 普段渡っている人が渡らないとしたら変ですよね。

 ということは「怒られなければ渡って良い。」、「誰も見ていなければ渡って良い。」、「状況によって上手く使い分ければ良い。」と考えられます。

 だから、子連れで赤信号はドキッとするのです。


 一事が万事で、他の事についても同様に子供たちが考えるようになったとしたら、子が一生涯そのような考え方で生きていくとしたら私は怖いです。

 物事の判断として、怒られるからやる、褒められるからやるでは、自主性がなく人間的な成長を得られません。

 危なくなくても、怒られなくても、赤信号を渡ってはいけない理由は“規則”だからです。

 規則つまり法律だからです。法律は改善するために決めているので、みんなで守った結果不具合があれば直せるのです。

 しかし、その場の状況に応じて自己判断で行動をしていると、何のために決めたのか分かりません。

『悪法も法』であり、決めたことをみんなで守らないと改善されないからです。

 少なくとも、子供達には自分の行動を自分で判断していかねばなりません。それを「怒られるか怒られないか」、「褒められるか褒められないか」、悪いことでも「人が見ているか見ていないか」で判断するようになってしまっては悲しすぎます。

 みんなのために規則は守る。人に迷惑をかけない。そして、なりたい自分になるため、夢の実現のために自分で判断できるようになって欲しいと思います。


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基本で決まる何事も「学力をつける学習法」④ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 “基本”がわかれば、後はそれを応用するだけです。

 しかし、応用問題や発展問題ができないからということで、やり方を教えてもらうことで学力が伸びなくなります。応用問題や、発展問題ができない原因は、やり方が分からないのではなく、“基本”に沿ってないからです。

 教わってしまうと、“基本”の理解に戻れませんし、学力をつけるために必要な、問題をまとめる機会を失うことになります。

 大切なのは答えを出すことではなく、基本の理解と問題の理解なのです。問題を理解するために、表や図、グラフ等を使いわかっていることを整理していくのです。

 そして、そこからわかることを考えていくことが学力を伸ばすのです。


 教えてもらうと、そこの一番大切な過程が省略されることになり、問題を解くために何かを見たり、誰かに教えてもらったりしないと問題が解けないようになります。それでは、学力がつかないのも当然です。


 問題が解けない時、わからない時に、公式を覚えたり、やり方を覚えたりすることで、得点を取ることができます。

 しかし、その暗記型学習法(覚える学習法)は、いつまで続けられるのでしょうか?内容がどんどん難しくなると覚えるのも大変です。

 そして、覚えても次から次へと忘れていくので得点は伸びません。しかも、覚えきれないレベルに達すると・・・。

 しかも、暗記型学習法を始めてしまうと抜けることが困難になります。

 なぜなら、得点を取れていた方法を止めるために、得点が取れなくなる恐れがあるからです。

 得点が取れないことへの抵抗が生まれること、得点を取れないことで親や学校から評価され、時には叱られることになることが抜け出せない原因です。

 したがって、抜け出すためには得点が取れないこと、成績が下がることを覚悟する必要があります。本人も親もです。


 学習法を暗記型学習から思考型学習法(意味を考える学習法)に変えると、最初は得点が取れないことや成績が下がることになります。そこを本人が辛抱して続けられるかどうかがポイントです。

 そして、周り(特に親)が結果にこだわり過ぎたり、結果で判断したりすることが一番の障害となります。

 新しい学習法が身につくまで親も辛抱していくことが不可欠です。「なんでこんな点数取ってくるの。」とか「こんな成績はありえない。」、「もっと勉強しなさい。」などと本人が言われると、再び暗記型学習に戻ることがあります。

 「わからなければ覚えてしまえ」は伸びを止めます。

 結果を出したいのなら、目の前の結果を捨てることが大切なのです。


 そして、結果を考えず今在るものを見極められると、自然と結果に結びつくと私は思います。

 見極めるというのは、その意味を理解してそこから新しいものを見つける(発見する・発想する・創造する)ことです。

 見極めることができるのは“基本”が身に付いている人だと私は考えます。



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基本で決まる何事も「学力をつける学習法」③ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 “基本”とは目的を持ち意味と理由を考えることです。

 そして“基本”が身に付いた人は伸びていきます。“基本”を身に付けるために必要な事を考えてみましょう。


 数学を例にさせてもらいます。ヒントがあるはずです。


 定義だけは知っていないとできません。定義は公式とは違います。

 例えば速さでは、「単位時間あたりに進む距離を速さと言う」これが速さの定義です。

 そこから、1時間あたりなら時速、1分あたりなら分速、1秒あたりを秒速と言うことを学びます。

 これで公式を覚える必要はありません。速さの定義を知っていれば、定義から問題の意味を理解(問題に書いてあることをまとめる=整理する)することで、問題を解くことができます。

 2時間で80㎞進むならば、1時間あたり40㎞進むことになりますから、速さは時速40㎞(40㎞/h)となります。

 1分間に80m歩く人は、3分間に240m歩きます。つまり分速80m(80m/分)で3分間進むと240m進みます。

 1秒間に10㎝進む(5㎝/秒)ミニカーが50㎝進むのにかかる時間は5秒です。
速さの定義を理解していれば全て解くことができます。

 公式を思い出し数字を代入して求めるということは必要ありません。


 “基本”がわかれば、後はそれを応用するだけです。

 応用問題ができないのは“基本”の理解が不十分だからです。

 発展問題ができないのは、問題の意味の理解が不十分だからです。問題の意味の理解のために、問題をまとめる(整理する)ことから始めます。

 やり方をそこで教えてもらっては、“基本”の理解に戻れませんし、問題をまとめる機会を失うことになります。

 大切なのは答えを出すことではなく、“基本”の理解と問題の理解なのです。問題を理解するために、表や図、グラフ等を使いわかっていることを整理していくのです。

 そして、そこからわかることを考えていくことが学力を伸ばすのです。


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「どうして?」を大切にする [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 子供たちに「どうして?」、「なぜ?」と言われたらどうしますか?

 それに答えていますか?理由を説明していますか?

 今、教育が大きく変わろうとしています。いや、社会が大きく変化し続けているのです。

 社会は、教えてもらった通りにやる事、知っていることを答える事ではなく、教えてもらわなくてもやれる事、知らないことでも考えて創造する事を求めています。

 未だに暗記したり、答を出す手順を頭に入れたりする勉強をしていませんか。

 大切なのは最低限の知識を理解して、自らの力で考える学びです。「資料を見て、問題点を見つけ出し、自分の意見をまとめる。」ことができる人間を社会が求め、これからの入試にもそのような問題が出題されます。

 知識を詰め込み、手順を覚える練習を繰り返しても、社会で活躍できるようになりません。

 だからこそ「どうして?」を大切に育むことが重要なのです。

 大人がはぐらかすことなく、受け止めて答えてあげる。答えられなくても「そこに気がつくことは凄いね。」と認めることはできますし、「一緒に考えてみようか。」と話を聞き、自分なりの考えを話してあげることはできるはずです。

 不思議を感じ不思議を考えられる子は必ず何かを成し遂げられるはずです。大人がその芽を摘み取らないようにしたいものです。


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基本で決まる何事も「学力をつける学習法」② [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 たくさん計算しても、たくさん漢字練習をしても、たくさん本を読んでも、たくさん問題を解いても、英会話にたくさん通っても、海外留学をしても、学習塾でたくさん授業を受けても、一生懸命に仕事を覚えようと努力しても、伸びない人が大勢いるはずです。

 また、得意なことと不得意なことがあるのが人間です。得意なことは誰よりも上手で、不得意な事は頑張っても上手く行きません。

 伸びない原因、不得意な原因が“基本”ができていないという事ならば、そこを変えることで伸びるようになるはずです。

 ですから“基本”から学ぶ、又は“基本”から学びなおせば、人は伸びていくと思うのです。


 ところが、それができない人が多いのです。なぜなら、次のような人が多いからです。

① “基本”を教わろうとする人
② 結果を気にする人
③ 「覚えればできる」と思っている人


 “基本”は学ぶもので教わるものではありません。自分で考えることで学ぶことができます。


 「結果が出ないと意味が無い」と思う人は、なぜ“基本”を学ぶのかを理解していません。

 伸びるために、成長するために、“基本”を学ぶのですから、結果を糧とすれば伸びるはずです。悪い結果ならなおさら伸びるヒントが多くあるはずです。改善点が多ければそれだけ良くなります。

 もし、気になる結果が他の人と比べたもの、例えば平均であるならばなおさらです。比べるのは過去の自分自身であるべきだからです。

 又、“基本”に戻るとなると一時的に結果が悪くなるのが当然です。結果を求めるためにやっていたこと、暗記などを止め、結果を求めない気持ちをもつことになるからです。
目の前の結果を捨てて、未来の結果を得るためです。


 「覚えればできる」ということは、覚えなければできない、忘れたらできないことになります。我々が目指すのは「覚えなくてもできる」だからです。


 “基本”を学ぶためには、
 何となくやるのではなく、目的を持ってやることです。

 目的を持たないと、全てにおいてぶれが生じますぶれが生じると、前に進まなかったり、とんでもない場所に辿り着いたりします。それでは、運任せの漂流です。

 目的を持っていれば航海をすることになり、目的地にたどり着くことができるでしょう。

 そして、何となくやるのではなく、考えてやることです。

 考えるのは意味、そして理由です。そこを飛ばして答を出そうとすると伸びなくなります。

 つまり、ここでいう“基本”とは目的を持ち、意味と理由を考えることです。



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