So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の6件 | -

世の中に“無駄”なものは無い!? [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 私は世の中に“無駄”なものは無いと思う。

 いや、正確に言うと“無駄”と思うことでも意味があり、それらは別の形で活かせると思う。


 今、いぶき学院もお休みを本日(8/17)までいただいているが、この休みの期間を“無駄”にならないように、有意義に過ごせるようにと考えて休みに入るがそうは上手く行かない。終わってみると、無計画に過ごしてしまい“無駄”に時が過ぎたと思ってしまう。

 しかし、過ぎたことをあれこれ考え「失敗した」と思ったら辛くなる。だから、その“無駄”と思う時間が有意義だと考えたい。ゆっくり時間を使えたし、仕事のことも少しばかり忘れることもできた。

 そして“無駄”なことから自分なりに考え得ることもあった。決して“無駄”ではない。


 凄く忙しい時、効率良く仕事をしていかないと事がうまく運ばない。息つく間もなく働いていると、気持ちにも余裕が無くなり細かな配慮や気遣いが難しくなる。すると結果的に仕事は終わっても何か釈然としない気持ちが残る。

 やはり、ゆとりや遊びが必要だ。それがあって全てが上手く行く。そのゆとりや遊びは“無駄”ではないと思う。


 話が支離滅裂になってしまうが、“無駄”なことは有ると思う。これも正確に言うと“無駄”だと思ったら本当に“無駄”なのだ。

 “無駄”をつくるのは自分自身であり、“無駄”を“学び”に変えるのも自分自身だと思う。

 色々な“無駄”、お金、時間、努力・・・。これらを無くすためには、目的を考えることだと思う。お金の使い道、時間の使い方、努力の方向性だ。これらが明確ならば“無駄”なものは無くなるはずだ。

 受験も同じで、“無駄”な努力になるかならないかは合否ではなく、目的を持って受験できるかどうかだ。目的を持ち然るべき努力をしたならば、結果はどうあれ未来の自分にプラスになる。受験に真剣に向き合い最善を尽くすことが大事だと思う。

 “無駄”とするか“学び”とするかは自分次第なのだ。

 結局、世の中に“無駄”なものは無いと思う。


コメント(0) 

伸びる人、伸びない人②  “わかってる”子は伸びない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親が話をしようとすると、「わかってるよ!」と言って話を聞かないケースがあります。これは、「本当にわかっている。」と思って言うこともあると思いますが、話を遮断する目的、「うるさいな、わかったから黙っててよ。」と言うことも少なくないと思います。それも別の意味で問題がありますが、ここでは「私は、それについて理解しています。」という意味で使うケースを取りあげてみようと思います。

 私は基本的に学校より先に進めているのですが、学校が先行するケースがあります。学校が先行しても、切り口を変えれば新しいこととして授業はできますし、理由を突き詰めていくことはできますので授業を行うこと自体に問題は有りません。

 もちろん復習の授業として考えれば、学習した内容を再び学ぶことについては悪いことではありません。

 ところが、稀に「もう学校でやったから、わかってる。」と思ってしまい、話を聞かなくなる子がいます。その子達の多くは勉強が苦手で、理由よりも正解を優先する傾向が強い子たちです。

 だからこそ尚更、しっかり話を聞いて考えて理由を説明できるようになってもらいたいのです。

 逆に塾で先に学習した内容を「わかってる。」とならずに学校の授業を、しっかりと聞くことが重要である事は言うまでも有りません。

 私立中に通う中1,2年生の問い合わせが多くなっています。

 勉強が伸び悩んでいるからです。その一番多い原因は中学受験勉強が暗記型だったことです。

 合格を目的とした学習のため、公式やテクニックの暗記、解き方への執着が問題です。

 もちろん、いぶき学院では中学受験から大学受験まで、できればいいという指導方針はありません。合格実績を掲げると合格させるために、手っ取り早い方法に走ってしまうのです。そのような指導を受けた子達は、正解が出たことを「わかった。」と勘違いしています。

 「縦が5㎝、横が6㎝の長方形の面積はいくつ?」→「6㎠」
 「どうして?」→「縦かける横だから」
 「どうして?」→「公式だから。」では説明になりません。

 正解の出し方が「わかった。」子達は、理由を考える必要も、それ以上話を聞く必要もないのです。

 正解を得ても「わかった。」と思っていない子達は、理由を考えようとするし、話も聞こうとします。だから伸びるのです。そして将来の可能性は広まります。


コメント(0) 

伸びる人、伸びない人① [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 授業では、子供たちが理解しているかどうかのチェックが重要です。

 チェックは話の聞き方と顔つき、ノートの書き方、発言、問題演習などで行います。10人ほどのグループ指導でも全員が、一回の説明で理解することは難しいことです。
 
 高いレベルを目指すためには、同じ正解であってもより高いレベルでの理解に基づくものであって欲しいのです。そこを目指すために、どこまでのレベルで正解を得ているかを見極める目が我々には求められるのです。そのために1人ひとりの性格、基礎学力、得手不得手、志望校、目標点を把握してそれに応じた対応をしていくのです。

 クラスの中で数人わかっていないと気づくと、もう一度全員に前を向かせて説明をします。同じ説明ではなく、見方や考え方を変えたり、具体例を交えたりして説明するのです。

 ところが!

 わかっていない子ほど説明を聞けないのです。

 問題演習の途中で「前を向いて!」と声を掛けると、素早く顔を上げる子と問題演習を継続しようとして前を向けない子にわかれます。わかっていない子は他の子よりスピードが遅く、解き終わっていないということもあり演習を継続する傾向は強いですが、それでも前を向ける子はいます。

 わかっていない子はもちろん、解き終わっていない子には“遅い”原因があります。だからこそ前を向いて話を聞く必要があります。

 わかっていない子は、わかっていないのに話を聞けないため2回目のチャンスも活かせず、解らないままとなります。
 
 しかし、わかっている子は、わかっているのに話を聞くことになり理解を深めると同時に授業中に学力が定着していきます。

 ということで、わかっている子とわかっていない子の差はどんどん開いていくのです。

 ですから、話を聞いて授業中にわかってしまうようにすることが大切です。そのためには、速くノートを取る事に心がけ、書いている(問題を解いている)途中でも、先生が説明を始めたら話を聞くことに集中することです。

 わかっているのに話を聞くことができる人は、伸びる人です。
 わかっていないのに話を聞けない人は、伸びない人です。

 わかっている話だと思っても話を聞くことで、自分の中の確認になったり、改めて考え直すきっかけになり、別の見方や考え方が生まれたりすることがあります。それを成長と言うのではないでしょうか。


コメント(0) 

わからなければ覚えればいい? [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 25年ほど前のこと、私は区立中学2年生の歴史の定期試験対策授業を行いました。その結果、4人の女子生徒全員が90点以上の得点を取り学年で5位以内に入り「5」の成績がついたと記憶しています。

 その時にどんな学習をしたかというと、“1問1答”の問題集を5冊ほど用意し、それをやらせただけなのです。その当時は「日露戦争の後に結ばれた条約を何と言うか?」という“1問1答”の問題で語句を覚えていれば点数が取れたのです。その事件がどうして起きたのかとか、その結果どうなったのかよりも、語句の方が得点につながった時代だったのです。

 通常の授業では、その出来事の背景やその後の世の中に及ぼす影響などの話しをしましたが、試験で点数を取るのには“1問1答”は効果的だったのです。「わからなくても覚えてしまえ」で乗り切れた時代だったのは間違いありません。

 しかし今、社会が必要としている人材は「理由はわからないけど得点を取れた人」、「覚えること(丸暗記)で合格した人」ではありません。センター試験が新しい試験に変わり、暗記型の学習法で大学に合格する時代ではなくなるのです。それに準じて高校や中学の学習も思考型へ変わって行きます。

 あれから25年経ち、彼女たちは40代となり何人かは10代の子を持つ母親になっているはずです。我が子に、もし「“1問1答”をやりなさい。」とか、「覚えればできるはずよ。」、「社会は暗記教科なのよ。」と言っているとしたら怖いことです。その様に指導したつもりはないのですが、それで高得点を取れたと言う成功体験を我が子に伝えることは当然あるはずです。

 又、その時代の子供たちが今、小中学校の先生になり、「わからない事は覚えなさい。」、「暗記すればいいんだよ。」、「公式を覚えなさい。」という指導をしていたら、さらに怖いです。

 子供達は点数を取りたい、結果を出したいという気持ちから、「解らなければ覚えてしまえ。」、「答が合っていればそれでいい。」となってしまうのです。

 都立上位高校に合格した塾生が「暗記や記憶が役に立たないことがわかった。」と言っています。中学時代は、暗記と記憶で高得点を取ることができたのですが、高校でのハイペースの授業に暗記では間に合わないのです。やり方を一つ一つ覚えていては全ての問題に対応できませんし、少し問題が変わっただけで解くことができません。なぜならやり方を覚えているからです。できる子たちはやり方を覚えるのではなく、その本質を理解します。答えを出そうとするのではなく、問題に何が書いてあるかを整理しわかろうとします。それにより、初めて見る問題を含め多くの問題をクリアできるのです。

 我々が子供たちに伝えていくことは、すぐに結果を出そうとしない(結果で判断しない)こと、答えを出そうとするのではなく、問題の意味を考えて理解することが正解につながること。(知識は必要で覚えることは重要ですが、)暗記教科は無いということ。丸暗記はその場限りのもの、覚えればできるは未来にはつながらないこと。
 
 問題に書いてあること(=今起きていること)について考えを深めると、見えてこなかったものが見えてくるはずです。

 わからないから誰かに“方法”教えてもらい、それを真似してその場、その時を凌ぐ人生を我々は目指しているのではないはずです。誰も成し遂げたことのない、新しいものを創造する人生が子供たちの未来にあるはずです。目的を持ち、よく見て、考えること。そして判断して実行する。そして失敗する。それを受け入れて次つなげるとその先に自分自身の未来が待っているはずです。

コメント(0) 

中学受験と受験教科 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 高校受験では都立高校は5教科、私立高校は3教科が基本となり、私立高校も推薦入試ならば5教科の成績も考慮する学校もありますので、まずは5教科の学習をしていくことが原則です。

では、中学受験はどうでしょうか?基本は2科受験か4科受験になりますが、英語を取り入れる私立中も増えてきています。又、公立中高一貫校は適性検査での受験ですが、私立中も適性検査型受験を行う学校があります。

 行きたい中学の受験教科によって勉強法が変わります。ただ、公立中高一貫校志望ならば適性検査型受験となり、おのずと勉強法は決まってきます。

 私立中受験で、英語受験をするのは、帰国子女や英語が得意な小学生、適性検査型で受験するのは、公立中高一貫校を受験する小学生と考えられます。

 したがって、ほとんどの場合2科受験か4科受験に落ち着きます。それでは、どちらの方が良いのでしょうか?単純に考えると4科受験と言う結論になります。上位の私立中は4科受験しか採用していない学校がほとんどですし、4科受験で勉強をしていれば2科受験にも対応できることは言うまでも有りません。さらに、2科4科両方の受験ができる学校の多くは、4科受験の方が合格するために有利な制度にしています。ですから、4科受験を目指して勉強ができるのであればそれに越したことは有りません。

 「とりあえず4科」を勉強する場合・・・
① 小4(小3)から4教科の勉強をする。
② 小4までは算数と国語の勉強をして、小5から4教科の勉強に切り替える。
ということが考えられます。

 しかし、4教科受験しか行わない私立中は一部の上位校である事を忘れてはいけません。2科4科受験を選べる学校での4科受験の有利さもそれほど大きいものではありません。むしろ、無理に4教科の勉強をするより2教科にかけた方が合格できる可能性は高いことも有ります。

 4教科の勉強が絶対に必要な受験生はどれだけいるのでしょうか?
「絶対4科」の受験生は上位校を目指す小学生であり、4科の勉強をしなければなりませんが、「とりあえず4科」と考える受験生のほとんどは2科で充分だと考えます。

 「とりあえず4科」で長時間学習を小4、小5でさせることが私は良いとは思えません。

 大切なことは何ですか?中学に合格することですか?その先の未来ですか?

 合格することを第一としても、ほとんどの受験生は2科で充分。未来を考えると、「とりあえず4科」の受験生が、長時間学習で、詰め込み押し込み暗記して、テクニックを磨くことより、思考力を高め創造性や表現力を豊かにする学びが大切であると私は思います。



コメント(0) 

何度言ってもできない子⑤ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 やる気の無い子、考え方を変えられない子の原因は様々ですが、言えることは親や周り人々の接し方に原因が多くあるということです。そこが変わらないと子も変わる可能性が低くなります。兄弟が同様の状況であるならば、周りの環境(人)に原因がある可能性大です。その原因を取り除くか、影響を軽減して本人が問題意識を持つことから変化が始まるのです。

 学習塾の現場で、改善されていった子たちが何人もいます。以下、事例を挙げますが、いずれの子も、周りに問題があろうとも本人の意思で自分を変えようとした子たちです。

 小学6年生の途中から入塾したAさん。「速さの問題はどうやって解くの?」と問いかけ、「速さの問題ができる人たちは、速さの公式を覚えていないんだよ」と伝えると、凄く驚き「じゃぁ、どうやって解くんですか?」と食いついてきた。速さの意味を知り、線分図で問題の理解をすることで、Aさんは速さの問題が「解った」そうです。Aさんは賢い子ですから、やり方を覚える学習から意味を考える学習に切り替えた後、活き活きと勉強するようになりました。

 数学嫌いになる理由は方程式が解けない事に関係があります。方程式ができなくなるのは、中学1年の4月~6月にかけて学習する「正負の数」と「文字式」に原因があります。数字には符号がついていることの理解が不足していると、最も重要な項の概念を理解ができません。これらは、本当に理解していないと算数から数学に移行することができません。それで中学、高校と進級していく過程で数学嫌いになって行くのです。

 問題なのは「正負の数」も「文字式」解っていなくても、そこそこの得点を取ってしまうことです。ですから、解っていないという発見が遅れることです。簡単な方程式、x+2=5 は、x=3 とできるため、方程式が全然解っていないとは気づかない事も少なくありません。簡単な方程式は小学生でも解く事ができるのです。

 中学2年の5月に入ってきたBさんは、連立方程式の計算ができません。なぜなら、中学1年生時の文字式と1次方程式が解っていなかったからです。1年時の学校の試験でも平均を上回ったことがありません。なぜなら、Bさんのお母さんは結果で判断する方でしたので、Bさんは結果を出そうと必死でやり方を覚えようとしていたからです。しかし、Bさんはもともと考える子、理論的な子でした。Bさんは連立方程式と向き合い、符号についての理解、項の理解、等式の理解をしていくことで、今までの「正負の数」、「文字式」、「方程式」をクリアして、その後は平均点どころではなく、いつでも満点を目指せるような学力になりました。Bさんの言葉で忘れられないのは、考え方を変えたことで「人生が変わった!」です。あのままの考え方で生きていくと先々は・・・と私も思います。

 算数が苦手と言って小学6年生の4月から入ってきたCさん。まじめで、素直で、頑張り屋さんで、礼儀正しく、けじめがあり、優しく思いやりのある子です。申し分の無い子だからこそ、言われた通りに覚えてしまい、言われた通りに問題を解くのです。成績は悪くは有りませんでしたが、本人が「算数が解らなくなっている」ことに気づいたのです。素直なので、理由が解らなくても「わかりました」と言ってその通りにやって解いてしまうのです。理由を考えさせないと伸びない事は明白です。Cさんには、算数、数学の公式や考え方が当たり前であることを伝えていきました。小中学時代の公式はもちろん解き方も覚えさせず、全て理由を考えさせ言わせて、どうしてそうなるかわからない事を当たり前に変えていったのです。そのようにして当たり前のレベルを上げていった結果、学校でほぼトップの成績で高校に進学していくことになります。

 何度言ってもできない子の中で、やる気がある子、一生懸命やっている子は考え方を変えることで、大きな変化が起きるのです。



コメント(0) 
前の6件 | -