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本物の“やる気” [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 勉強を一生懸命にやっていますか。仕事を一生懸命にやっていますか。

 勉強や仕事に対して“やる気”はありますか。

 人が行動を起こす理由に、お金がもらえるとか、ご褒美(褒められることを含む)がもらえるということがありますが、それは本当に“やる気”を持った行動と言えるでしょうか。

 ボランティア活動はお金をもらえないのに一生懸命にやります。これは本当に“やる気”を持った行動です。

 しかし、内申点に加点がつき受験に有利になるからボランティアをするという人がいますが、受験に有利になるからボランティアをする人は、人を助けると言う事ではなく、ボランティアをやったという事実を得ることが目的となりますので、本来のボランティア精神とは異なります。

 そうなると人が困っていても、自分が得をしなければ助けないと言う事にもなりかねません。ボランティアは無償だからこそ頑張れるのではないでしょうか。

 又、やりたいことや趣味にはお金と時間をかけられるものです。お金を払って大変な思いをしてでも一生懸命になるのが趣味です。そこには“やる気”が確かに存在します。

 お金のために一生懸命になると、お金が入ってくれば“やる気”は終了です。

 ご褒美のために一生懸命になると、ご褒美が入ってくれば“やる気”は終了です。

 受験も同じです。受験が終わると消えてしまう“やる気”は本物とは思えません。

 志望校合格を目標に頑張る事が、結果の如何に関わらず本当の“やる気”体験につながると信じています。


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「勉強ができない」からの脱出Ⅳ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 原因その4:わかったつもりになっている

 「答が合っている」、「良い結果が出ている」、「上手く行っている」時ほど危険なときはありませんよね。

 人は事が上手く運ぶと、それが「自分の実力である」とか、それが「継続する」と勘違いすることがあります。

 「上手く行っている」時こそ、その原因を分析する必要があります。その見極めができれば、その後に訪れると予想される停滞や落ち込みを最小限に防ぐことや、さらに上を目指すことができるはずです。しかし、それがわかっていても、できないのが人かもしれません。

 「勉強ができない原因」の答を追うという事と基本を疎かにする事に被ることになりますが、勉強では問題を解いて答が合っていれば別の問題が解けるとか、先々困らないという事にはなりません。

 本当に理解(意味と理由が説明できる)して、簡単な問題を基本通りに解くことが大切です。基本を応用して発展問題を解くわけですから、簡単な問題を疎かにしているようでは勉強ができるようになりません。

 又、わかったつもりになっている人は、相手の話を最後まで聞くことができません。

 会話の途中の「わかった」は、「もうこれ以上あなたの話は聞きたくありません」ということです。親子の会話で多いのではないでしょうか。

 最後まで話を聞かないと相手の真意が解りません。親しい間柄でも互いに話を最後まで聞くこと、相手の考えを解ってあげることができれば、互いに学び成長できるはずです。もちろん、親子の会話ならば親子関係も改善されるはずです。

 最後まで話を聞く事、問題文を最後まで読む事で、解ったつもりにならないようにする事が学力をつけていくことに繋がります。



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「勉強ができない」からの脱出Ⅲ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 原因その3:基本を疎かにしている

 女子レスリングの吉田沙保里さんが引退後インタビューに答えて、「若い人たちは技やテクニックを覚えたがるけれど一番大切なのは基本」と言っていました。

 勉強でもそれは同じです。基本ができていないことで2つの問題点が生じます。


 その1つが正確さを欠き間違いが多くなることです。

 「うっかりミスが多い」原因の一つに基本が疎かになっていることが考えられるのです。基本に忠実に学習をしていくことで、一連の考え方、書き方が身に付き単純なミスは激減します。

 例えば数学の計算の途中式をしっかり書き、答が出たら問題文を確認し、解答用紙に問題が要求している通りに答えを書く。

 途中式については、今までも何度も触れて来ましたが、「時間が無いから書かない」は言い訳です。家庭学習ではしっかり時間を取ってきっちり書くことです。試験中も取れる問題を確実に取るという試験の原則からしても、しっかり書くことが大切です。でも、普段からきっちり途中式を書いている人は計算も正確で早くなるので、試験中でも時間をあまりかけずに解くことができますし、入試本番の時点では逆に途中式を書く必要が無い状態に仕上がる人もいます。そのような状態の人、つまり途中式を書かなくても正確に応えを出せる人は、それまでに基本通りに丁寧にたくさんの問題を解いてきた人なのです。そのような人を見て「途中式はいらない!」と勘違いしているといつまでも、遅くて間違いが多い状態から抜け出せません。

 本当に勉強ができる人が基本通り途中式を入れて解くと最強です。途中式をどうやって書けばいいか分からない人は、次の事をヒントに書いてみてください。

 「一度に2つ以上のことをやらない」、「上の式(=は縦にそろえて書きます)を少しだけ簡単にした式を書く」

 そして、問題に合った答を書かないと正解になりませんので、必ず問題が何を問うているのかを確認する癖をつけるのも基本です。


 基本ができていないことで生じる問題点の2つ目は、先々伸びなくなることです。

 目の前の問題は解けても別の問題(類題やちょっとした応用問題)が解けなかったり、学年が上がり難しくなった時に問題が解けなかったりするのです。どこで伸びか止まるのかは、状況次第なのでわかりませんが、どこかでのびが止まる事は確かです。

 人は無限に成長することができます。基本を身に付けることができれば、知らない世界でも問題を解決していけるはずです。


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大切なものは目に見えない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 先日、某講演会(研修会)に参加しました。その中で、人は「外的要因ではなく内的要因でやる気が出る」という話がありました。

 外的要因とは、目に見えるモノであり、ご褒美や結果等もそれにあたります。勉強をさせるために、お小遣いを上げたりゲームを買ってあげるというご褒美は一時的には有効ですが、継続するとご褒美をもらうために勉強をするようになり、本来の目的とずれることが考えられます。

 成績が上がることや合格することは重要なことですが、その先にある目に見えないことの重要さとは比較になりません。

 沢山お金があっても、社会的地位が高くても、肩書が偉くても、どんなに高い服や装飾品を身に纏っても、有名大学を出ても、一流企業に就職できても・・・“幸せ”に勝るものはないと思います。

 だからこそ、成績を上げるため、志望校に合格するために、“精一杯頑張る”ことが大切なのです。その結果は“幸せ”に結びつくかどうかわかれませんが、その頑張った過程は“幸せ”に結びつくはずです。

 なぜなら、成績が上がらなくても、志望校に合格できなくても、未来の自分の“幸せ”に向かって前に進めるからです。うまくいかなかったことを活かしてさらに上を目指せるはずです。“一生懸命頑張る”ことで得られた自信と経験は一生自分の中に残り、これから続く長い人生の要所で“力”になります。

 成績を上げることや志望校合格という結果は目標です。“幸せ”になるためのひとつの目標です。そして、結果が出なくても“幸せ”になれることを忘れてはいけません。前に一歩出られれば問題ありません。そのために“一生懸命頑張る”のです。

 これからも、未来の“幸せ”をつかむことを目的として指導してまいります。

 
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「勉強ができない」からの脱出Ⅱ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 家で一生懸命勉強をしているのに、「勉強ができない」が続いている。たくさん勉強しているのに、定期試験で得点が取れず成績も伸び悩んでいる。友達より時間をかけて勉強しているのに、むしろ成績は下がっている。

 そんな人はいませんか。

 「勉強ができない」から脱出するには、まず原因を特定する必要があります。


 原因その2:答を追う(答を出そうとする)。

 『速さ』や『割合』が苦手な人は、公式や求め方を覚えようとしている人です。
その人たちは『速さ』や『割合』の意味や、問題の意味は解らなくても、答を出すことが目的となっています。

 正解が得られても意味が解っていませんから、『速さ』や『割合』が解るようになったわけではなく、その問題の解答が得られただけです。学力がアップしたわけではありませんし、勉強ができるようになったわけではありません。

 答えを追うと先が見えなくなり、答を出すための方法を得ようと考えてしまうのです。

 それは、勉強だけではありません。どんなことでも目の前の結果に捉われると、周りや先が見えなくなってしまい、手段を選ばず結果を出そうと奔走します。そして、運よく良い結果が得られたとしても、その場限りのものとなり先々につながらないことがあります。もちろん、その場を凌いだことで次のチャンスを得られることも有りますが。それには覚悟と自分を信じ切ることができるかどうかかと思います。

 『速さ』や『割合』でどんな問題でも解ける人は、公式ややり方から問題を解こうとしません。

 問題を解く場合、「答はいくつかな?」と考える人は一番勉強ができるようにならない人です。「やり方(解き方)は?」と考える人が次です。どんな問題でも解ける人は「問題の意味は?」と問題を理解しようとする人です。

 問題を解決するときに、答を出そうとしたり、解決法を考えたりする前に、問題そのものを知り考え理解することが大切です。そして、其れは全ての事にあてはまる事だと私は思います。



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高校卒業生の会 [◆徒然なるままに 「自分らしく生きる」]

 14日の日曜日、高校を卒業し新たな道に進む元塾生たちが集まった。

 この春、都立高校を卒業した女の子2人がその報告に来てくれた時に、みんなで集まろうということになったのだ。LINEと郵便で連絡が取れるメンバーに通知し、当日11名がやってきた。

 いぶき学院では高校受験終了後、3月に合格パーティを開催する。3月でグループ指導が終了し、高校1年生からは個別指導での学習となる。ほとんどの塾生は一旦休塾となるが、そのまま高校でも継続する者、高校の途中から再開する者も少なくない。この学年は高校生時にいぶきで学習した者は比較的多い。

 1人ひとり高校での生活とこれからのことを話し、お寿司やピザを食べ、ジュースを飲み語らい、中学生時代の写真を見て、ゲームをし、記念撮影。約3時間あっという間だった。大阪のK大学に進学したAさんからの差し入れがあったり、札幌のH大学に進学したU君がテレビ電話で参加したりして場が盛り上がった。

 出席者の約半数が高校時代にいぶき学院に通っていた者であり、時々顔を出してくれた者もいたので、本当に3年ぶりと言う者は2人だけだった。そんなことも有り、私としては久しぶり感が薄く、何かいつも一緒にいたメンバーで、いつもいるのが当たり前のように思えたメンバーだった。

 ところが、彼らが帰った後、それは当たり前ではなく有難いことであるという思いが込み上げてきた。このメンバー、特に中学2年生の時は本当に大変で、本気に向き合い、本気で付き合ってきた。その結果、高校でも沢山の者が個別指導に通ってくれて、しかもあれから3年経ってから10人以上集まり、集まれなかった人たちからも沢山連絡があった。

 私は授業中に色々な事を話してきたので、こういう場ではあまり話をしないようにと思っているのだが、話をしろと言われる。ちょっとはカッコつけていい話をしようと思うのだが、どうもうまくいかない。後になって、あれは特別な時間と気がついた時に、何かできたのではないか、何かいい話ができたのではないか、話をもっと聞きたかったと悔むことになる。

 今ここで、来られなかったメンバーにも言いたい。特別な時間、特別なひと時、本当に一緒に過ごせて嬉しかった。本当にありがとう。

私は幸せであるとつくづく思う。


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