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コミュニケーションが取れない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 こんなお医者さんがいる。診察をしてその結果や考えを一生懸命に伝えると患者が不安になる。患者がその気持ちを話したり質問したりすると、一生懸命に丁寧に応えているのだが患者の不安は解消されない。

 それは何故だろうと観察しているとある事に気づく。それは一生懸命に自分の考えを伝えよう、分かってもらおうとしているのだが、患者の話を聞いていないことである。患者がどうして不安なのか、どんな意図を持って聞いているのかが分からないのに、自分の話を分かってもらおうとしているからだ。

 「コミュニケーションが取れない」、「コミュニケーションが苦手」ということを耳にするが、コミュニケーションの基本は聞く事、相手の気持ちを分かってあげることだ。一見話し上手で話し出すと止まらない人は、本当にコミュニケーションが取れているのだろうか。コミュニケーションは一方通行ではない。いくら話をしても相手が聞いてくれなかったり、解ってくれなかったりしたらコミュニケーションが取れているとは言わない。一方的に話をしても相手がしっかり話を聞いてくれて、分かってくれたならコミュニケーションが取れたのではないか。

 「相手に対して何を話したらいいか」と悩まずに、「相手の話を聞こう」と考えると気も楽だし、真剣に聞いてあげてうなずくだけでも充分だ。解らない話や言葉は「それはどんな意味なんですか?」と聞けばいい。わかったようなふりをしていると、話が先に進んで益々わからなくなり、うなずくこともできなくなる。聞くと相手は話を聞こうとしてくれているあなたに、喜んで話をしてくれるはずだ。

 勉強では、記述式の問題が増えている。都立の中高一貫校の適性検査は、ほぼ記述。だからここで勘違いが起きる。「表現力が大切だ」、「自分の考えを言葉にして書く力が必要だ」と。記述の問題は、自分の好きな事を書きなさいと言う問題ではなく、題材が与えられていてそれに対して、気づいたこと考えた事を書くのだ。だから簡単なのだ。与えられた題材の“話を聞いてあげる”、“題材を分かってあげる”ことをすればいいのだから。

 作文や小論文でも題材が与えられている。それに対して自分の意見考えを書く。

 それらは、人と人とのコミュニケーションと似ている。コミュニケーションが相手の話を聞いてわかってあげる事から始まると同様に、記述、作文、小論文も題材を見て読んで、題材を分かってあげる事から始まる。

 「コミュニケーションが話す力であり、記述の問題は表現力である」ことは間違いはないが、「コミュニケーションし聞く力であり、記述の問題は読み取る力である」ことが前提としてある事を忘れてはいけない。

 どんな事でもわかろうとすることから始まる!



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