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“正解を出そう”とする子供達 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 いぶき学院に通う小学生は中学受験をする子としない子がいる。中学受験生は個別指導で授業を行い、非受験子供達はグループ指導で授業をしている。

 グループ指導で学ぶ中学受験をしない子供達。この子達は高校受験を目指すわけだが、3年以上先の事を考えているわけではない。ところがこれが良く頑張っているのでビックリする。だから私としても何とか少しでも鍛えて、将来幸せになってもらいたいと力が入る。

 新しく入ってきた子達は特に礼儀とけじめからしつける。通塾、宿題、挨拶、話の聞き方、ノートの取り方など会話を通して身に付けさせる。挨拶ができて、遅刻欠席をせず、宿題をきちんとやってきて、話を素直に聞くことができれば学力は後からついてくる。

 いぶき学院のグループ指導は高校受験専門であることから、中学生のクラスと比べて小学生のクラスは極端に少人となる。どんなに少なくてもクラスとしてけじめを持って学習させる。少人数だからと言って礼儀とけじめを軽んじると、人数が増えた時にクラスが崩壊する。いぶき学院に入塾したら、初めから礼儀とけじめはつけさせる。

 いぶき学院の小学生は楽しく通っていると考えている。グループ指導は小学生も中学生も塾生全員が、授業に参加していると言う意識があると思う。参加とは、そこに居ることではなく、みんなで一緒に考えて、一人一人が1つの授業を創っていくことである。言い方を変えると、そこに塾生一人一人の居場所が存在し、その一人一人が重要な役割を持っていて1つの授業が成り立つのである。だから、学校の授業時間の約2倍~3倍の授業時間であっても集中できる。

 さて、話を小学生に戻すが、今いる小学生は全員、頑張っている子、又は頑張ろうとしている子であると私は思う。少なくとも授業中はやろうとしているし宿題もやってくる。

 ところが、何人かの子供たちは“正解を出そう”としている。正解を出すやり方を覚え、問題の“正解を出そう”としている。問題の意味を考えようとしないで、やり方を教えてもらい、それを覚えて“正解を出そう”とする。だから、教わらないとできない。意味が分からないまま“正解を出そう”とするので、とんでもない答えが出てくる。

 そのような癖がついている子に、問題の意味を考えさせることは容易ではない。教えない授業、考えさせる授業をしても、“正解を出そう”としている子はなかなか受け入れてくれない。でも、辛抱強く接していくしかない。

 “正解を出そう”とする子は一事が万事であり、問題は勉強だけにとどまらない。生活全般にわたり教えてもらわないとできない。知らないこと、やった事がないことはできない。教わったり経験したりしたことも、やり方を忘れてしまうとできない。

 これから先、誰も経験したことがないことが起きた時に対応することは難しいと思う。先の事ではなくても、友達の作り方、人との話し方や会話の仕方など、全て教わらないとできなくなるかもしれない。社会への適応が困難になるかもしれない。

 誰にも教わらないで工夫して解決していく力を育む教育が必要である。

 たかが小学生の勉強かもしれないが、それを軽く見ることはできないし、軽く見てはいけない。問題を解くやり方を教えて、何度も反復させて身に付けさせる。正解が出ることで、本人も指導者も“良し”とする指導をしてはいけない。

 正解は出なくてもいい、自分で考えて問題解決できる力をつけることを、指導者は目指すべきと私は思う。



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