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勉強ができるようにならないのは… [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「こんな勉強をしても大人になって使わない」と言う人がいるが、そもそも学校の勉強は大人になって使うためにやるのではない。勉強をする事や勉強を頑張る事に意義がある。それにより人間力を高められるからだ。そして、直接的に使わない勉強でも、そこからの気づきや発見が将来役に立つのだ。

 だからこそ、答を出すとか、良い点数を取るとか、良い成績を取るとかが将来重要な事ではない。「でもそれでは志望校に合格できないのではないか?」と思うかもしれないが、そこを第一に考えない方が結果は良くなる。急がば回れでそこを急ぐことで取り返しのつかないことが起きてしまう。

① 「わからなければ覚えてしまえ」に先はない。思考を止めて記憶に切り替えることになります。その後は全て記憶に頼ることになり、全て記憶できない事は当然なので、応用力もなく学力はつかない。「暗記教科」は存在しないのだ。

② 「公式を覚えて代入する」は覚えてしまえと同様の事が言える。もし公式を覚えて活用するならば、公式を導けるようにすることと、公式の意味を理解することが重要だ。そして、何のための公式であるかという公式の目的もわかっていないと、使い方を誤る。

③ 「試験前は頑張る」のは当然だが、学力をつけようとしたならば普段の授業が重要で、授業中にどれだけ集中して理解できるかが勝負だ。家に帰ってわからないところを復習するのではなく、わかっているところを復習する人が伸びる。家庭学習では理解を深めるための復習と単語や漢字、語句を理解した事に合わせて身に付けるようにするのだ。

④ 「わからないところを教えてもらう」ことは少しすっきりするかもしれないが、学力はつかない。わからないところを考え直すこと、わからないことの理解することならば良い。教えてもらう場合に他人のやり方を覚える形になる事が危険だ。なぜならそこに理解は無いからだ。

⑤ 「わからなくなったから頑張る」人は次へのステップに遅れてしまう事になる。頑張る人は、わからなくなってしまって今頑張っている場合と、わからなくならないために今頑張っている人に分類できる。どうせ頑張るなら、後始末より準備である。

結果を急がず、今やっていることをきっちりとやり遂げることで、目標達成を目指すこと。目の前の結果にとらわれず、先々困らないように、本当に頑張る時のために学習の抜けをつくらないことである。

勉強ができるようになる人と、ならない人の差は紙一重である。しかし、その差は時が経つにつれ大きな差となっていくのだ。


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コミュニケーションが取れない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 こんなお医者さんがいる。診察をしてその結果や考えを一生懸命に伝えると患者が不安になる。患者がその気持ちを話したり質問したりすると、一生懸命に丁寧に応えているのだが患者の不安は解消されない。

 それは何故だろうと観察しているとある事に気づく。それは一生懸命に自分の考えを伝えよう、分かってもらおうとしているのだが、患者の話を聞いていないことである。患者がどうして不安なのか、どんな意図を持って聞いているのかが分からないのに、自分の話を分かってもらおうとしているからだ。

 「コミュニケーションが取れない」、「コミュニケーションが苦手」ということを耳にするが、コミュニケーションの基本は聞く事、相手の気持ちを分かってあげることだ。一見話し上手で話し出すと止まらない人は、本当にコミュニケーションが取れているのだろうか。コミュニケーションは一方通行ではない。いくら話をしても相手が聞いてくれなかったり、解ってくれなかったりしたらコミュニケーションが取れているとは言わない。一方的に話をしても相手がしっかり話を聞いてくれて、分かってくれたならコミュニケーションが取れたのではないか。

 「相手に対して何を話したらいいか」と悩まずに、「相手の話を聞こう」と考えると気も楽だし、真剣に聞いてあげてうなずくだけでも充分だ。解らない話や言葉は「それはどんな意味なんですか?」と聞けばいい。わかったようなふりをしていると、話が先に進んで益々わからなくなり、うなずくこともできなくなる。聞くと相手は話を聞こうとしてくれているあなたに、喜んで話をしてくれるはずだ。

 勉強では、記述式の問題が増えている。都立の中高一貫校の適性検査は、ほぼ記述。だからここで勘違いが起きる。「表現力が大切だ」、「自分の考えを言葉にして書く力が必要だ」と。記述の問題は、自分の好きな事を書きなさいと言う問題ではなく、題材が与えられていてそれに対して、気づいたこと考えた事を書くのだ。だから簡単なのだ。与えられた題材の“話を聞いてあげる”、“題材を分かってあげる”ことをすればいいのだから。

 作文や小論文でも題材が与えられている。それに対して自分の意見考えを書く。

 それらは、人と人とのコミュニケーションと似ている。コミュニケーションが相手の話を聞いてわかってあげる事から始まると同様に、記述、作文、小論文も題材を見て読んで、題材を分かってあげる事から始まる。

 「コミュニケーションが話す力であり、記述の問題は表現力である」ことは間違いはないが、「コミュニケーションし聞く力であり、記述の問題は読み取る力である」ことが前提としてある事を忘れてはいけない。

 どんな事でもわかろうとすることから始まる!



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教わらないことの大切さ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人は一生成長し続けることができます。いや、『成長し続ける能力』があるのです。ところが大人になって伸び悩む人も少なくありません。どうしてでしょうか?伸び悩んでいる人の話を聞くと、「教わっていない」とか「知らなかった」、「聞いていない」、「身につかなかった」、「自分に合っていなかった」、「そもそも初めから嫌だった」・・・だんだん訳が分からなくなります。

 本来、自分自身に起きていることは自分に問題があり、自分の責任であるはずです。ところが伸び悩んでいる人の中には、自分以外に原因を作っている人もいます。それでは伸びること、つまり成長すること、言い換えれば“自分を変えること”はできません。

 勉強で新しい単元に入った時、誰もまだ教わっていませんし、知らないことの学習になります。そこで、「教えてください。教わらないとわかりません。」となるのか、自分自身で考えて、「なぜ、どうして。」と理解しようとするのかで差が付きます。わかろうとする子では新しい内容が身につき、それを利用して別の問題(応用問題や難問)に対しても積極的に取り組み、学力を伸ばしていくことができるのです。

 小学生の算数で、「台形の面積を求めよう!」と紙で切った台形を渡して考えてもらうと、教えなくても子供たちが自分自身で5通りくらいの方法を見つけ出します。(上底+下底)×高さ÷2という解き方は、そのうちの1つにすぎません。自分で学んで得たことと、誰かに教わって意味も理由もわからず、数字を当てはめて答えを出すのとは大違いです。

 ところが、中高生の中には教わる癖がついてしまい、考えればわかることを考えようとしなくなる子が出てくるのです。

 教わる学習は、「答えを出す。得点を取る。良い成績を得る。」という点では結果として、自らわかろうとする学習と同じかもしれませんが、将来のことを考えると、誰かに教わり教わった通りに行動していくことよりも、自ら知らないこと分からないことを学んで行動していくことが望ましいことです。

 ただ、教わる学習が悪いことと言うことではありません。意味を考えないで覚えること、理由もわからず使うこと、目的もわからず利用することが一生涯の成長を妨げる要因ではないかということです。また、教わらないとわからない知識(定義、語句など)は教わるか調べるかして身に着ける必要は当然あります。

 しかし、基礎知識を身に着けて、それを活用して新しい問題を解決していく力をつけるためには、「教わらない」こと、「自ら学ぶ」ことが大切です。「自ら学ぶ」ことで今まで誰もわからなかったことを解明したり、新しい技術を開発したりすることができるのではないでしょうか。教わらないとできない人は、誰もやった事がないことはできませんし、自ら新しい道を開拓することはできません。

 したがって、一生涯成長できるようになるために「勉強を教える」ということは、問題の解き方を伝えてその通りに子供達にやらせることではありません。それでは教わらないとできない、意味も目的も考えられない人間になってしまいます。

 我々は、いかに教えないで、塾生が自分自身で考え理解して新しい知識を身に着けていけるかを常に意識して指導しています。それをすることで、子供たちの持っている『成長し続ける能力』を最大限発揮できると考えています。


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小学生・中学生の学習法3 「意味の無いモノは存在しない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親の時代は今の先生たちの時代でもあります。今の大人たちが、覚える事は大切だと考え、さらに必要だと思うのは無理も有りません。覚える勉強が役に立った時代であることは確かなのですから。

 もちろん私もその時代に生きていました。ですから、覚えるという事は当然でしたし、私も覚える勉強もしたことがあります。しかし、覚える勉強(丸暗記する勉強)は身に付かず、ある程度暗記できても次から次へと消えていくだけでした。

 人は意味のないモノは覚えられないようにできているようです。覚えるためには何かに関連づけたりすることが必要です。ですから、目的や理由を考え理解することが必要になるのです。漢字や慣用句や英単語を由来から学ぶと忘れないのと同じです。何も意味のないモノは殆どありませんが、数字の羅列等はごろ合わせを利用したり、漢字や語句を由来するのも、意味を持たせる一つの手段です。

 目的や理由を考え理解することができれば、自然に覚えようとしていたモノが自然に出てくるようになるのです。覚えなくても正解を出すことが可能になります。しかも表現が違っていても答えることができ、身に付けたモノを利用して別の問題も解く事ができます。知識を組み合わせたり応用させたりすることで、今まで誰も出来なかった問題も解く事も可能です。

 丸暗記は覚えた事しか答えられませんが、理解は無限の問題を解く事ができるのです。

 「覚えればできる」、「○○は暗記教科」と大人が言うたびに子供たちは、意味を考えようとせず、理由を理解しようとせず、本当は勉強ではない「丸暗記」という作業に時間を費やすことになるのです。

 「今、覚えようとしていることには意味があるんだよ」と大人たちが言ってあげれば、子供たちは意味を考えたり、理由を理解したりしようとするのではないでしょうか。

 人は見て聞いて、そこから何かを感じ、発見し自分の未来の糧にしていくことで成長していくことができます。

 私は子供たちに、見たり聞いたりしたことを、そのまま覚えていればいいと考えている人間になって欲しくありません。見たり聞いたりしたことから、意味を見つけ出して欲しいです。それが、人を育み成長させていくことにつながると思うからです。

 この世の中にある全てのモノは存在する意味があるのです。1つのモノから無限の発見があり、子供たちの可能性も無限大なのです。


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小学生・中学生の学習法2 「子の時代」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 現在の小中高生の親が子供だった頃は、学校への合格がその後の人生を決定し、知識系の問題と記号問題が多かった。

 バブルがはじける前から、企業は必要な人材を見直してきました。そして、その後は「企業が社員の面倒を見るのではなく、企業の面倒を社員が見る」ようになって行くのです。

 大学入試では、バブルがはじける寸前の平成2年からセンター試験が知識型の試験として導入され行われるようになりました。平成17年に都立の中高一貫校ができ適性検査型入試を導入、思考型の試験が登場してきます。さらに東京都立高校入試でも記述問題が増加、都立高校の推薦入試には集団討論が義務付けられ、他人の話を聞いて自分の意見を伝える力が試されています。2020年にはセンター試験が廃止され、新しい大学入試制度が始まります。

 社会情勢により教育の在り方が議論され、新しい教育が始まる頃にはその教育が古いものとなっています。教育制度は社会から20年以上遅れているのです。

 これからは「覚えれば(暗記すれば)できる」入試ではありませんし、昔から「覚えてできる」人を企業は欲していません。必要な情報を整理して、その情報を分析して自ら判断できる人を欲しているのです。

 さらに、大学の定員割れが起こり、望めば大学に入れる時代が現代なのです。大卒であっても就職できるかどうか、就職しても継続できるか、就職しても結果を出すことができるかどうかはわかりません。大学に合格したというだけでは将来の保障にならないのが今の社会です。実力があれば年齢に関係なく、それに見合う賃金を得ることができますが、いつまでも勤められるという保障も有りませんし、一流企業とはいえ経営に心配がないとは言えません。

 社会に出て働いて生活をしていくためには、どんな大学に合格しても、どんな会社に就職しても、常に変化する社会に対応できるよう自分自身も成長していくことが必要です。だから、「わからなくなったら覚えればいい」は通用しないのです。「合格したから大丈夫」もないのです。

 目的を持ち、ぶれない自分を持ち、成長し続けることができる人間になって行くことが大切です。

つづく



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