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◆教育の役割 「教育は日本を変える」 ブログトップ
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中学受験と受験教科 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 高校受験では都立高校は5教科、私立高校は3教科が基本となり、私立高校も推薦入試ならば5教科の成績も考慮する学校もありますので、まずは5教科の学習をしていくことが原則です。

 では、中学受験はどうでしょうか?基本は2科受験か4科受験になりますが、英語を取り入れる私立中も増えてきています。又、公立中高一貫校は適性検査での受験ですが、私立中も適性検査型受験を行う学校があります。

 行きたい中学の受験教科によって勉強法が変わります。ただ、公立中高一貫校志望ならば適性検査型受験となり、おのずと勉強法は決まってきます。

 私立中受験で、英語受験をするのは、帰国子女や英語が得意な小学生、適性検査型で受験するのは、公立中高一貫校を受験する小学生と考えられます。

 したがって、ほとんどの場合2科受験か4科受験に落ち着きます。それでは、どちらの方が良いのでしょうか?単純に考えると4科受験と言う結論になります。上位の私立中は4科受験しか採用していない学校がほとんどですし、4科受験で勉強をしていれば2科受験にも対応できることは言うまでも有りません。さらに、2科4科両方の受験ができる学校の多くは、4科受験の方が合格するために有利な制度にしています。ですから、4科受験を目指して勉強ができるのであればそれに越したことは有りません。

 「とりあえず4科」を勉強する場合・・・
① 小4(小3)から4教科の勉強をする。
② 小4までは算数と国語の勉強をして、小5から4教科の勉強に切り替える。
ということが考えられます。

 しかし、4教科受験しか行わない私立中は一部の上位校である事を忘れてはいけません。2科4科受験を選べる学校での4科受験の有利さもそれほど大きいものではありません。むしろ、無理に4教科の勉強をするより2教科にかけた方が合格できる可能性は高いことも有ります。

 4教科の勉強が絶対に必要な受験生はどれだけいるのでしょうか?
「絶対4科」の受験生は上位校を目指す小学生であり、4科の勉強をしなければなりませんが、「とりあえず4科」と考える受験生のほとんどは2科で充分だと考えます。

 「とりあえず4科」で長時間学習を小4、小5でさせることが私は良いとは思えません。

 大切なことは何ですか?中学に合格することですか?その先の未来ですか?

 合格することを第一としても、ほとんどの受験生は2科で充分。未来を考えると、「とりあえず4科」の受験生が、長時間学習で、詰め込み押し込み暗記して、テクニックを磨くことより、思考力を高め創造性や表現力を豊かにする学びが大切であると私は思います。



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何度言ってもできない子⑤ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 やる気の無い子、考え方を変えられない子の原因は様々ですが、言えることは親や周り人々の接し方に原因が多くあるということです。そこが変わらないと子も変わる可能性が低くなります。兄弟が同様の状況であるならば、周りの環境(人)に原因がある可能性大です。その原因を取り除くか、影響を軽減して本人が問題意識を持つことから変化が始まるのです。

 学習塾の現場で、改善されていった子たちが何人もいます。以下、事例を挙げますが、いずれの子も、周りに問題があろうとも本人の意思で自分を変えようとした子たちです。

 小学6年生の途中から入塾したAさん。「速さの問題はどうやって解くの?」と問いかけ、「速さの問題ができる人たちは、速さの公式を覚えていないんだよ」と伝えると、凄く驚き「じゃぁ、どうやって解くんですか?」と食いついてきた。速さの意味を知り、線分図で問題の理解をすることで、Aさんは速さの問題が「解った」そうです。Aさんは賢い子ですから、やり方を覚える学習から意味を考える学習に切り替えた後、活き活きと勉強するようになりました。

 数学嫌いになる理由は方程式が解けない事に関係があります。方程式ができなくなるのは、中学1年の4月~6月にかけて学習する「正負の数」と「文字式」に原因があります。数字には符号がついていることの理解が不足していると、最も重要な項の概念を理解ができません。これらは、本当に理解していないと算数から数学に移行することができません。それで中学、高校と進級していく過程で数学嫌いになって行くのです。

 問題なのは「正負の数」も「文字式」解っていなくても、そこそこの得点を取ってしまうことです。ですから、解っていないという発見が遅れることです。簡単な方程式、x+2=5 は、x=3 とできるため、方程式が全然解っていないとは気づかない事も少なくありません。簡単な方程式は小学生でも解く事ができるのです。

 中学2年の5月に入ってきたBさんは、連立方程式の計算ができません。なぜなら、中学1年生時の文字式と1次方程式が解っていなかったからです。1年時の学校の試験でも平均を上回ったことがありません。なぜなら、Bさんのお母さんは結果で判断する方でしたので、Bさんは結果を出そうと必死でやり方を覚えようとしていたからです。しかし、Bさんはもともと考える子、理論的な子でした。Bさんは連立方程式と向き合い、符号についての理解、項の理解、等式の理解をしていくことで、今までの「正負の数」、「文字式」、「方程式」をクリアして、その後は平均点どころではなく、いつでも満点を目指せるような学力になりました。Bさんの言葉で忘れられないのは、考え方を変えたことで「人生が変わった!」です。あのままの考え方で生きていくと先々は・・・と私も思います。

 算数が苦手と言って小学6年生の4月から入ってきたCさん。まじめで、素直で、頑張り屋さんで、礼儀正しく、けじめがあり、優しく思いやりのある子です。申し分の無い子だからこそ、言われた通りに覚えてしまい、言われた通りに問題を解くのです。成績は悪くは有りませんでしたが、本人が「算数が解らなくなっている」ことに気づいたのです。素直なので、理由が解らなくても「わかりました」と言ってその通りにやって解いてしまうのです。理由を考えさせないと伸びない事は明白です。Cさんには、算数、数学の公式や考え方が当たり前であることを伝えていきました。小中学時代の公式はもちろん解き方も覚えさせず、全て理由を考えさせ言わせて、どうしてそうなるかわからない事を当たり前に変えていったのです。そのようにして当たり前のレベルを上げていった結果、学校でほぼトップの成績で高校に進学していくことになります。

 何度言ってもできない子の中で、やる気がある子、一生懸命やっている子は考え方を変えることで、大きな変化が起きるのです。



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結果で判断しない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 試験が終わり、答案が返ってきます。いぶき学院でも得点調査をするのですが、同じ“80点”でも一人ひとり、その意味合いは異なります。一番大切なのは「満足している」、「嬉しい」、「悔しい」、「残念だった」・・・などの本人の気持ちです。

 数字は最も具体的なもので、目に見えないことをはっきりと表してくれるものです。そして、その数字で人は合否判定等をしているのも事実ですから、誰でも数字に敏感になるのは当然と言えます。だからこそ、その数字の裏にある真実を見極めることが重要になるのです。
 
 数字(結果)に一喜一憂して判断を誤ると取り返しのつかないことになることがあります。たとえば、①本当は解っていないのに、親の満足する点数を取ってきた場合、②本当は解っているのに、親の満足する点数が取れなかった場合、③一生懸命頑張った結果なのに、親の満足する点数が取れなかった場合。
 
 これらは、どれも“親の満足”が判断基準となるので、そもそも問題があります。
では基準をどうするのか?平均点にするのか順位や偏差値にするのか?基準はどれでもありません。基準となるのは、初めに本人が設定した目標点です。目標点があるから頑張れる。目標点があるから学習計画や学習法が決められる。目標点があるから試験後の改善点を見出すことができ、次の試験に向けて前向きに取り組めるのです。

 親の基準で判断していると、試験の目的が親の満足する点数を取ることになります。理解することや頑張ることが大切であるにも関わらず、本人の中では親に褒められることや、叱られないことを第一にしてしまうことがあります。

 そうなると、次のようなケースが起きると考えられます。①頑張ろうとしない。②やっているふりをする。③暗記型学習(語句の暗記・解法の暗記・裏技やテクニックを使う)になる。そして、いくらやる気があっても、いくら長時間学習をしても、学力低下や成績低下という結果になるのです。(※暗記型学習になる原因は他に、周りから「覚えればできる」、「暗記しなさい」、「やり方を教わりなさい」、「教科書等に書いてあるやり方を見てやりなさい」と言われているケースや、本人が何らかの理由で点数や正解に執着する場合に起きる。)

 我々は試験の結果で判断しません。それは判断できないからです。その判断とは、①頑張ったかどうか、②解っているかどうか、③今後の学習に支障があるかどうかです。

 それらは、試験後ではなく試験を受ける前に全て判断できます。試験対策の学習時に心配がない状態、つまり今後の学習に支障なく理解している状態になって入れば、結果はどうあれ大きな問題はありません。
 
 ところが、親御さんにしてみれば試験結果つまり点数にその判断を委ねるしかないのは確かです。
 
 しかし、その数字の裏に真実があるのも確かです。そして、その真実について伝えることが我々の役割と考えます。いぶき学院がそれをすることができるのは、塾生一人ひとりの思考経路を理解しようとしているからです。得点だけ見て「ここが解っていませんね」とか「数学が苦手ですね」と判断しません。「ここで得点を取れていない原因は・・・です」とか「数学の点が低いですが、ここでこのように解答しているので心配ありません」、「英語の大問2はあっていますが、実際には解っていません」となります。誤った診断結果では正しい治療はできないのです。

 さて、それでは親ができることは何でしょうか。それは、親の基準で子を判断しないこと、そして本人の気持ちを聞いてあげることだけなのです。
 「試験が返ってきて、あなたはどう思う?」


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何度言ってもできない子④ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「湿度の計算がわからない」という子がいたとします。

 その子に次のように聞いてみます。「湿度って何かな?」

 湿度の計算ができないと言っている子だと、答えられない子が多いと思います。答えられても教科書や参考書通りの答が返ってくるだけです。「空気の湿り気(の度合い)」とか「水蒸気の割合」とかです。あるいは、湿度の計算ができないのに公式「空気中の水蒸気量÷その気温における飽和水蒸気量×100」と言う子もいるかもしれません。

 湿度の計算ができない理由は『湿度』を解っていないからです。そういう子には具体例を示して『湿度』について理解してもらうことになります。

 「どうして天気の単元で湿度の勉強をするのかな?」と湿度の勉強をする目的を聞いてみます。これを答えられる子はほとんどいません。「役に立つから」とか「試験に出るから」とかはもちろん答になりません。天気の学習の中で「湿度」が出てくるのは、雨が降る理由を学ぶためです。ですから、「雨が降る理由を説明できるようになるために湿度の勉強をするんだよ」と「湿度」を学習する目的を伝えることが、自ら考え理解しようとする気持ち、つまりやる気につながるはずです。


 考える子は何度言ってもできない子にはなりません。考える子になるためには、答を出す事よりも問題の意味を考える事が大切にする事です。そして、考えようという気持ちを持ち続けることです。

 そのために、周りの人達は結果で判断しない事、目的を意識させる事をしていきたいものです。

 ここでいう目的は目標を達成することによって到達可能になること。あるいは、目標を達成するための行動を起こす活力です。

 注意していただきたいのは、結果で判断しないという事と目標はどうでもいいということは異なるという事です。

 目標(数字)を必ず持って行動します。目標があるから、それを達成するための計画が生まれます。計画を実行することで、結果を受け止めることができます。受け止めた結果は未来への学びになるのです。



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中学受験と小学校 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

中学受験をする小学6年生が入試前に学校を休むケースがあります。家庭で受験勉強をするためです。本人や親が判断して休むケースや学習塾からの働きかけもあるでしょう。

公立小学校では受験のための学習指導は行わないため、中学受験をする子にとっては、小学校の授業は受験にとって不要(?)で、学校にいる時間が無駄(?)と考えるわけです。

私は学校を休ませて試験勉強をさせることには反対です。

学校教育は教科の学習はもちろん、教科外の活動全てが重要であると思います。学校行事や活動はみんなと一緒に行うことで協調性や創造性、友達と共に頑張ることで人に対する思いやりや優しさ、そして感謝の気持ちが湧いてくるのです。それが培われなくなることが1つの理由です。

一生懸命に指導されている先生方に対しても大変失礼なことで、学校へ来ることを促すことだけでも大変な労力となります。その時間こそ無駄ではないでしょうか。さらに、受験しない友達に対しても良い影響は与えません。行事やイベントに支障をきたすかもしれません。「休んでいいんだ」と思う子も出てくるかもしれません。

中学校(公立中高一貫校、私立中学)を受験することは自由です。
つまり、自分の勝手で受験するのに、その勝手さを欠席というところまで持ち込んでしまうこと。受験する権利を行使するが学校に通う義務を怠ることは、本人の将来に良い影響はないでしょう。

大人になって自分の都合のために他人に迷惑をかけることになるかもしれません。それは、
勉学優秀で有名中学に合格しても未来の日本を担う人間とはほど遠いと私は考えます。

今までも、「入試前に学校を休む子」の話をしてきましたが、学習塾は入試前に学校を休ませるような指導を慎み、保護者様も入試前だからこそ、学校を休ませずに行かせることで、明日の日本を担う人間を育んでいくべきであると考えます。

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夢は叶えるもの [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

中学3年生の二次方程式の授業。

二次方程式の解法のひとつに平方完成があります。

(x-3)の2乗=5 のように二次方程式を変形して X=3±√5 と解を求めます。

“( )の2乗=”に変形できれば、全ての二次方程式を解く事ができます。

中学生はxの項の係数が偶数の二次方程式を平方完成できればOKですが、xの係数が奇数であったり、xの2乗の項に係数がついていたり、その係数が分数や小数である高校で扱う方程式も解く練習をします。そして解の公式を導けるようにしていくのです。

中学生にとってそれは決して簡単なことではなく、中学生全員ができるものではありません。

まして、初めての平方完成では途中で手が止まってしまう子も少なくありません。

「困っているのはどこ?」、「困っているのはなぜ?」と声を掛けます。

すると「係数がついているから」とか、「分母・・・」と生徒たちが言います。

「だったらどうするの」と言うと、「あっ、そうか」と気づく子が出てきます。

そもそも、平方完成という変形は、そこにある数式からの変形は不可能で、そこに無い数式を考えて組み込むことで可能となるのです。


これらは何事にも通じるものと思います。

困った時は、「困っているのはなぜか」、「困っている原因は何か」を考えることです。それが解らないのに問題の解決をすることはできません。逆に問題点が明らかになれば、そこを解決する方策を考えれば良いのです。

そして、不可能に思えることでも絶対に成し遂げたいという意思があれば、必ず達成することができるのです。

「できるわけがない」と諦めたら夢は叶いません。
夢は見るモノではなく叶えるモノです。

「絶対に叶える」と強い意志を持ち、そのために何が必要か、どうなればいいのかを諦めずに考え挑戦し続けることで夢は叶うのです。


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中学受験と志望校 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中学校(公立中高一貫校、私立中学)を受験では、小学校で学ばない内容や高難易度の問題が出題され、小学校の学習だけでは合格が困難な中学校は少なくありません。従って、学習塾や家庭教師による受験指導が必要になってくるわけです。

 しかし、小学校の学習をしっかりやっていれば合格できる私立中学も多くあります。「そのような中学校では先々の大学受験で不安を感じる」かもしれませんが、実際にはそうでもありません。基礎基本がしっかりできている子ならば、中学入学後いくらでも学力は伸びるものです。そして伸ばしてくれる私立中は沢山あります。

 逆に、丸暗記で詰め込んでテクニックを学び、ある程度の中学校に合格したとして、その後どうなってしまうのでしょうか?大学受験はどうでしょう。楽しい6年間となるでしょうか。

 楽しく通い、人間性豊かに育て、学力もつく6年間にしたいものです。だから、志望校を名前で選ぶことには問題があります。その子に合う学校、その子にとっての一番校は一人ひとり異なるはずです。合格実績が欲しいが故名前で選んで受験させる学習塾もあります。私の知り合いの娘さんも、「第一志望に合格しているのに、別の学校も受けるように塾に言われた」そうです。

 行きたくない学校を受験させることは我々(いぶき学院)にはできません。それは、その子の未来にとってプラスにならないからです。

 「自分で決めた(選んだ)学校に合格はしたが、思っていたような学校ではなかった。」ということもあります。でも、受験する時は入りたかった学校、少なくとも自分で決めた学校であることには確かです。まず、そこで精一杯やることが大切です。自分の決断を受け止めることを学ぶ良い機会だからです。そして、最後まで頑張って卒業することを目標としたいです。しかし、時に本当に辛くなることも当然あります。耐えられない状況は本人しか分かりません。その場合は信頼できる人に相談して、別の道を模索することです。

 中学受験はどうしても親主導で学校を選ぶことが多くなります。しかし、最後に「行きたい学校」を決めるのは本人です。親でも塾でもありません。

 そして受験の結果、通うことになった中学が本人にとって最も良い学校なのです。

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途中式の話 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 数学の計算。「うっかりミス」、「ちょっとしたミス」、「勘違い」と、「本当はわかっていた」問題で点数を落とします。 そのミスを無くす一番の方法は、“途中式を入れる”ことです。

間違いに気づかないのは、ここまでくれば大丈夫という油断や、簡単な問題だと決めつけ集中力を欠くこと、急いで出そうと雑になることが原因として考えられます。

 そもそも、本人は合っていると思っているのですから、解答を見直そうという気になりません。そのまま、時間が経ち試験終了。答案が帰ってきて、あり得ないミスを嘆くということになります。

 進級や受験に影響のあるテストでは、1問のミスが成績を左右することも少なくありません。と言うことは、そのミスで進級できなかったり、推薦が取れなかったり、志望校に合格できなかったりすることも考えられます。

 つまり、「うっかりミスが人生を変えてしまう」ことになるのです。大げさかもしれませんが、入試では同等の実力のある人たちが同じ試験を受けるため、殆ど差が無く合格ライン前後に多くの受験生がひしめき合うのは当然です。「あと1問合っていれば…」と言うことが起きるのは当然です。

 だからこそ、“途中式を入れる”ことが大切なのです。
計算では絶対に抜かしてはいけない途中式があり、その式を必ず経由して答えを出すことになります。
そして、そこに行き着くまでと、そこから答を出すまでの途中式も抜かさず書くと、極めて正解となる確率が高くなります。

 「途中式の書き方が解らない」と言う人がいますが、途中式とは前の式から1つだけ簡単にした式を言います。前の式から2つ3つと簡単にした式を書くことを途中式を抜かすと言います。例えば帯分数で割る計算の場合、仮分数に直して逆数をかける式をつくることは、途中式を抜かしています。まず、仮分数に直した式を書き、次に逆数を書ける式を書くのです。

 ここでは、計算の途中式の話をしましたが、人間の生活でも同じことが言えると思います。油断や決めつけ、物事を雑に扱うことで取り返しのつかない事が起きることがあります。人生でも途中式は大切なのです。
普段から途中式を入れる癖をつけるのは計算だけの話では無く、全ての事にも通じることなのです。「急がば回れ」、「急いては事を仕損ずる」です。

 どななことでも“途中式をもう1行”入れてみると良いことがあるかもしれません。


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何度言ってもできない子③ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中学生の理科の「湿度」の計算で・・・

 いきなり公式与えられて「湿度を求めなさい」と言われる。解らないけど公式に数字を当てはめて計算する。丸をもらう。正解を得られたので、「湿度」の意味は解らないけど公式を覚えて、数字を当てはめて計算し続ける。はたしてこれを学びと言っていいのでしょうか。

 「よく解らないけど少し計算はできる」という子は、全く解っていないと言っていいでしょう。全く解っていない子でも0点にならないのがテストです。やり方(公式)さえ覚えて多少練習をすれば、試験で平均点前後は取れます。でも解っていないのです。

 そのような子たちは2グループに分類されます。第1のグループは、「これでいい」、「なんとかなった」、「問題ない」、「平均より上だ」、「自分よりできない子がいる」と言う子達です。

 このグループの子は危険です。大げさかもしれませんが、全ての事に関して一生そのようにして生きていく可能性もあります。つまり、その時が良ければそれでOKという考え方です。自分に対しても他人に対しても同じように考えてしまいますから、向上心や協調性もなく、もちろん他人への感謝の気持ちも生まれませんから感謝されません。

 第2グループは、「答は出るけれど納得できない」、「良く解っていない」と自分が理解していない事を自覚し、理解したいと考える子達です。

 このグループの子は上手く行かない事があっても前向きに捉え、自分を見失わず困難な事も乗り越えていけると思います。

 だからこそ、子供達を結果で評価(判断)せず、頑張った過程を評価してあげたいものです。

 試験があって答案が帰って来る前に親は、我が子が頑張っていたと思うなら、「今回は良く頑張ったね。お父さんは嬉しかったよ。」と素直に言ってあげて良いはずです。とても頑張ったと思えないならばそれは言えません。戻ってきた試験を見せられた時に、「自分としては満足している?」とか「どう思う?」と聞いてあげる事でしょう。

 親が自分の基準で評価することは良い方向に進みません。全ては未来に通じます。未来のために大切な事はけぃかではなく過程、本人の想いなのです。結果は受け止めるもの。次につながる学びになることを子が知ったなら、その子の成長は一生です。


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中学受験と受験理由 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 以前、「区立中に行きたくないから私立中を受験する」という話を聞いたことがあります。また、「学区が廃止されて、区立中を選べるようにならなかったら区立中に行かなかった」とも。

 私立中受験の理由が「区立中に行きたくないから」では、あまりにも寂しすぎます。学校では真面目に授業を受けていない子でも、いぶきに来ると真面目に勉強をします。それを考えると、子供たちがやる気がないわけではないし、不真面目なわけでもないと気づきます。

 いぶきで学習する時と同じように学校でも振舞えないかと考え、いぶきだけではなく、どこでも頑張れる子を目指して指導を継続しています。勉強に直接関係がないことでも人として大切なこと将来役に立つことも伝え、勉強や受験を通して人間的に成長できるよう活動しています。

 塾に来ている時だけ良い子で、他で人に迷惑をかけたり、努力を怠ったりしていては意味がありません。

 志望校に合格するために勉強をして、合格した後勉強が分からなくなったり、楽しくなかったり、学校を辞めたりすることは避けたいことです。

 塾での良い影響を他でも発揮して頑張れるよう、結果が出た後でそれを糧として前に進めるようにしたいものです。子供たちの未来の生活を豊かにできれば、日本が良くなり皆幸せになれるのではないでしょうか。

 そのために、いぶき学院は存在しています。だからなくてはならない学習塾だと私は思っています。

 さらに、いぶき学院だけではなく近隣の学習塾や学校も巻き込み、子供の奪い合いという土俵から降りて、みんなで地元の教育を改善し子供達と日本の未来のために活動しているのが、大井町から教育を考える会(OKK)なのです。

 OKKの春期定例会で「区立中も凄く良いけど、あの私立も良いなぁ」を目指すことを確認しました。

 中学受験の理由は「行きたい学校がある」からです。

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何度言ってもできない子② [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

何度言ってもできない子に対しては、まずできない理由を見つけ出すことが必要です。

自分自身で考え理解しようとしている子には、1つの事を色々な切り口から話をしていきます。それは、できない理由が、やる気が無いことや教えてもらおう(考えない)という理由ではないからです。

切り口を変えるというのは、身近な事から考えさせたり、具体例を挙げたり、図や表を書いたり、前の単元や基本に戻るということも有ります。

それに対して、自分自身で考えず教えてもらおうという子は厄介です。それは、教えるとその場ではできてしまうからです。できてしまうということは、指導する人間が本当は解っていないことに気づかないこと起きます。したがって、指導者は本当に分かっているかどうかをチェックすることが重要です。同じ問題をやらせても出来てしまうので意味がないので、少しだけ異なる問題をやらせたり、理由を聞いたりすることでチェックをします。

このような子は「できれば良い」、「答が合っていればいい」、「やり方がわかれば良い」、「わからなければ覚えれば良い」等と考えていたり、「答が合っている=理解している」とか「やり方を覚えることが勉強だ」と勘違いしていたりする場合があります。全くやる気が無いわけではありませんし、人によっては凄くやる気のある子もいますが、試験での結果は良いものにはなりません。

「答を出すこと」や「答が合っていること」よりも、「考えること」や「理由を説明できること」の方が大切であることに気づく必要があります。

小学生には、理由を考えさせたり説明させたりし、式やそこにたどり着くまでの過程に目を向けて「それは素晴らしいことだ」と受け止めるようにしています。

中学生くらいになってくると、価値観が固まってくることや結果を捨てる不安感などから、結果より過程を重視する考えに移行することが難しくなります。

しかし、時間はかかりますが、丁寧に過程の重要さを伝えることや、過程重視によってもたらす結果を体験させることで少しずつ変化がみられるようになります。

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何度言ってもできない子① [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 自分で考えようとしないと、どんなことでも身に付きません。

自分自身の力で何とか成し遂げようとする人が、ヒントをもらい自分自身で気づき、教えを受けた時にその教えが自分のものとなるのです。

 自分で考えようとしない人、自分で何もやろうとしない人、何も成し遂げようとしない人、向上心の無い人、目的を持っていない人は、いくら素晴らしい指導を受けても身に付かず、その場限りのものとなってしまいます。

その場では恰好がついて、できるようになっていても身に付いていません。ですから、しばらくすると忘れてしまいできなくなります。

 その場限りの人ができるようになるためには、また教えてもらうことになります。しかし、その場限りなので、その時はできてもすぐにできなくなります。


何度も繰り返すうちに身に付くのは作業であり、そこに目的は有りません。目的があるとしたら、その作業ができるようになる事にすぎません。

本来、どんなことでもその先に大切なこと(本当の目的)があるはずです。今目の前にある事を身に付けることが、何に結びつくのかがわかって初めて、今やっている事が活きるのです。

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小学生・中学生の学習法5 「小中学生の危険信号」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 小学5年生の時に入塾した子の話です。彼は最初の算数の授業で「どうやって解くの?」と聞いてきました。私は授業後すぐお母さんに連絡をして面談をしました。その子は頭が良くて知識も豊富でしたが「どうやって解くの?」と言う言葉に危険を感じたからです。危険を感じた理由は次の2つの可能性があるからです。

① 解き方を教わってそれを覚えて解いている。
② 自分で考える習慣がない。

 このままでは、先々勉強ができなくなること、新しい発想を生み出せなくなること、言われたことしかできなくなることにつながると思い、家庭と連携していくことをお話ししました。

 その後、彼は目的と理由を考える子に育ち、自ら考え実行していける人間になっています。大人になった彼とは今でも付き合いがあるのですが、彼ならば一生涯成長し続けられると確信しています。

 このように、小中学生の言葉から未来が見えることがあります。それがその子にとって良くない事であるならば、原因を探りじっくりと修正を試みます。その子にとって良いことであるならば、肯定的に受け止めて暖かく育むようにします。

 その子の未来に不安を感じる言葉として、「どうやって解くの?」、「やり方を忘れた」が考えられます。

 これらを言われて、やり方を教えてしまうと、自分で考えようとしなくなったり、答が合っていればいい(その場だけ何とかなればいい)という考えが根づいたり、意味が解らなくてもやり方を覚えるようになったりする可能性があります。

 そうなってしまったら、無計画で自分の判断で行動できない大人、言われたことしかできない(言われたこともできない)大人になってしまうかもしれません。

 それらの言葉を言われたら、答や解き方(やり方)に向いている目を問題に向くように促します。

 「どんな問題なの」、「問題に何と書いてあるの」、「わかっていることは何」と聞いてみます。

 そして「ということはどういうことなの」、「そこからわかることはある」と誘導します。

 答にたどり着いたら「自分で考えてできたね」と自信をつけさせたり、もう一度「どうしてそういう答を考えたの」と理由を確認して考えるくせをつけさせたりすると良いでしょう。

 いぶき学院の先生たちには、「我々のできる事は、どうして解らないかを分かってあげる事と教えない事」であることを常に話しています。

 子供達は1人ひとり、解らない理由が異なります。その理由を見出してその子の事を分かってあげる(その子の考えを受け止めてあげる)。

 そして、その子自分が考えるように働きかけることが大切であると考えています。

 ポイントは教えないこと、そして正解が目的地ではないことです。目的地はその子が自分自身の考えを持つことです。

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人生に失敗はない、次に向かう大谷選手 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 MLBの大谷選手が、2度目の先発で7回途中までパーフェクトピッチングをしました。

 試合後のインタビューで彼は「ヒットを打たれてないのは知ってましたが、完全試合をしようという感じはなかったです。むしろいつ出るか待っていました。(ヒットが)出た時にどう気持ちを整理して次のバッターにしっかり向かって行けるかが大切で、そういう意味では打たれた後にフォアボールを出したのは今日よくなかったことです」

 「打たれた後に気持ちを整理して次に向かって行けるかが大切」と言えるところが凄いと思いました。彼は「ヒットを打たれた後フォアボールを出したことが良くなかったこと」と反省し、次に活かそうとしているのです。

 ただ、どんなに彼が素晴らしい投手であっても、この先全て良いピッチングをして、全ての試合で勝利を収めることはできないでしょう。

 しかし彼ならば上手く行かなくても、それを糧として成長し続けることができると思います。

 さらに、どんなに良いピッチングをしても彼自身が満足せず、常により高いレベルをめざし続けるのなら、誰よりも大谷選手は記録と記憶に残る選手となって行くのではないでしょうか。

 パーフェクトな人生はあり得ません。むしろヒットを打たれてばかりで、三振なんか一つも取れないようなのが人生かもしれませんが、そこから今の自分にないモノを得ることができるのなら、それは失敗ではありません。いつか訪れる成功のための糧なのです。

 うまく行かなかった時、そこから自分を高めるためには、結果を恐れず一生懸命にやる事(投げる事)が大切です。上手く行かなかった時(ヒットを打たれた時)の理由が明確になるからです。そして、結果から目をそむけず受け入れて(整理して)、新たな目標に向けて一歩踏み出す(次のバッターにしっかり向かって行く)のです。

 人は全員、全てのことを成功させることはできません。しかし、上手く行かなかったことを教訓として次に活かすことはできるはずです。

 人生に失敗は有りません。だから、今を一生懸命に生きたいものです。

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小学生・中学生の学習法4 「理由がわからない公式は凶器!?」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親の時代と子の時代は今でも暗記型学習が継続されています。もちろん親の時代でも暗記型の学習をしていなかった人もいますが、親の時代は暗記型の学習が通用した時代であったということです。ですから、保護者様から「覚えれば(暗記すれば)できる」という声が聞こえてくるのは無理がありません。むしろそれが普通だった時代ということも言えると思います。

 しかし、暗記型学習は学力を伸ばすことができないということを認識する必要があります。

 高校生や大学生がアルバイトをするとそこにマニュアルがあり、マニュアル通りに仕事を行うことになります。ところがそこには理由が書いてありません。マニュアルは手順の指示書であるため理由は不要なのです。しかもマニュアル通り仕事をしなければ、企業にとって大切な改善ができないのです。

 又、学校の成績が「3以下」の子たちを中心に集めている学習塾があり、そこでは講師に理由を教える事を禁止しています。学校の試験で得点が取れることが目的だからです。そこで学んだ子たちは、本当の学力がつくでしょうか。せっかく合格したのに勉強についていけるでしょうか。社会に出て活躍できるでしょうか。そして幸せになれるでしょうか。

 問題を解くために知識は絶対に必要ですが、「暗記をしても問題は解けない」のです。「暗記教科は存在しない」のです。速さの問題が得意な人は、速さの公式を覚えていません。実際中学生までの数学で暗記しなければいけない公式、つまり知識から導けない公式はほとんどありません。ただしそれらも検証はできますから、公式を丸暗記する必要は全くないのです。

 むしろ、理由がわからない公式(意味がわからない公式)を覚えて解こうとしても良いことは有りません。覚えているから忘れたり、覚えているから応用できなかったり、たくさん覚えていないといけなかったりします。わかっていれば公式を自分でつくれますし、公式を使わずにできたり、形が変わった問題にでも応用できたり、少しの知識で無限の問題が解けるのです。覚えている人は覚えた数しか問題が解けませんし、問題を解くために公式ややり方を覚え続けることになります。それには限界がある事は言うまでも有りません。

 公式や解き方は“道具”に過ぎません。どうしてそのような道具があるのか、どのように使うのかを理解していなければ、使いこなすことはできません。目的を誤れば凶器にもなってしまうのです。

 「速さの公式は、速さ=距離÷時間 です。それでは3時間で60㎞進んだ時の速さはいくらでしょう?」と授業をすると、子供たちは公式に3時間と60㎞を当てはめる事に頭を使い、正解を喜ぶことになるでしょう。

 「3時間で60㎞進みました。1時間に何㎞進みましたか?」とすれば公式は不要で、しかも「1時間に進んだ距離を速さと言うんだよ」と言えばいいのではないでしょうか。

 いぶき学院の中学3年生は因数分解が終わり、平方根の学習に入っていますが、全員「乗法公式」を使わずに教科書レベル以上の因数分解がわかります。

 子供達には考える力が満ち満ちています。我々はそれを引き出すことが役割だと考えています。

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言ってはいけない言葉 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

『勉強しなさい』少なくとも中学生以上には逆効果です。理由は本人が「やらないとまずい」ことを知っているからです。やろうと思っているのに先に言われたら、逆にやる気をなくします。
やれない理由があって悩んでいるところで言われたら、自分の事を分かってくれないと反発をするでしょう。

 我々ができる事は、受験の仕組を伝え正しい知識と情報を持ってもらう事と、志望校に合格した後の将来について考えてもらう事です。その上で勉強をしない理由を分かってあげる事、そしてそれに対して、我々のできる協力をすることだけです。我慢して見守る事が親の役割です。


 『覚えればできる』最近多く耳にすることは、「勉強ができなくなった」、「頑張っているのにできない」、「勉強法がわからない」、「時間が経つと忘れる」等です。それらの共通の原因は『覚えることが勉強』という意識を持っていることのような気がします。

 理由もなく覚えたものは短期記憶であり、忘れることも早く、覚えた問題しか解けません。さらに、理由を記述で聞かれても答えられません。『覚えればできる』の背景には、結果重視、合格重視の考えがあると考えられます。

 人生100年、学校を出た後の人生の方が圧倒的に長いわけですから、目の前の結果に追われてその後の成長を止めることは避けねばなりません。

 大切なのは、受験や勉強を通して得たものです。目標に向けて一生懸命に頑張った気持ちとその経験。問題を解くためのテクニックではなく、問題文の理解とそこからの発想。そして合格が通過点であるという認識です。

 覚えて合格した人は、考えることよりも暗記で問題を解決しようとしたわけですから、それからの残りの人生どうなってしまうのでしょうか?覚えなければ行動できず、覚えていることしかできないことになります。すこしの状況の変化にも対応できません。
 
 しかし、覚えなければ忘れない。理解して考える人は、無限の可能性がそこに生まれるのです。

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勉強ができるようにならないのは… [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「こんな勉強をしても大人になって使わない」と言う人がいるが、そもそも学校の勉強は大人になって使うためにやるのではない。勉強をする事や勉強を頑張る事に意義がある。それにより人間力を高められるからだ。そして、直接的に使わない勉強でも、そこからの気づきや発見が将来役に立つのだ。

 だからこそ、答を出すとか、良い点数を取るとか、良い成績を取るとかが将来重要な事ではない。「でもそれでは志望校に合格できないのではないか?」と思うかもしれないが、そこを第一に考えない方が結果は良くなる。急がば回れでそこを急ぐことで取り返しのつかないことが起きてしまう。

① 「わからなければ覚えてしまえ」に先はない。思考を止めて記憶に切り替えることになります。その後は全て記憶に頼ることになり、全て記憶できない事は当然なので、応用力もなく学力はつかない。「暗記教科」は存在しないのだ。

② 「公式を覚えて代入する」は覚えてしまえと同様の事が言える。もし公式を覚えて活用するならば、公式を導けるようにすることと、公式の意味を理解することが重要だ。そして、何のための公式であるかという公式の目的もわかっていないと、使い方を誤る。

③ 「試験前は頑張る」のは当然だが、学力をつけようとしたならば普段の授業が重要で、授業中にどれだけ集中して理解できるかが勝負だ。家に帰ってわからないところを復習するのではなく、わかっているところを復習する人が伸びる。家庭学習では理解を深めるための復習と単語や漢字、語句を理解した事に合わせて身に付けるようにするのだ。

④ 「わからないところを教えてもらう」ことは少しすっきりするかもしれないが、学力はつかない。わからないところを考え直すこと、わからないことの理解することならば良い。教えてもらう場合に他人のやり方を覚える形になる事が危険だ。なぜならそこに理解は無いからだ。

⑤ 「わからなくなったから頑張る」人は次へのステップに遅れてしまう事になる。頑張る人は、わからなくなってしまって今頑張っている場合と、わからなくならないために今頑張っている人に分類できる。どうせ頑張るなら、後始末より準備である。

結果を急がず、今やっていることをきっちりとやり遂げることで、目標達成を目指すこと。目の前の結果にとらわれず、先々困らないように、本当に頑張る時のために学習の抜けをつくらないことである。

勉強ができるようになる人と、ならない人の差は紙一重である。しかし、その差は時が経つにつれ大きな差となっていくのだ。


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コミュニケーションが取れない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 こんなお医者さんがいる。診察をしてその結果や考えを一生懸命に伝えると患者が不安になる。患者がその気持ちを話したり質問したりすると、一生懸命に丁寧に応えているのだが患者の不安は解消されない。

 それは何故だろうと観察しているとある事に気づく。それは一生懸命に自分の考えを伝えよう、分かってもらおうとしているのだが、患者の話を聞いていないことである。患者がどうして不安なのか、どんな意図を持って聞いているのかが分からないのに、自分の話を分かってもらおうとしているからだ。

 「コミュニケーションが取れない」、「コミュニケーションが苦手」ということを耳にするが、コミュニケーションの基本は聞く事、相手の気持ちを分かってあげることだ。一見話し上手で話し出すと止まらない人は、本当にコミュニケーションが取れているのだろうか。コミュニケーションは一方通行ではない。いくら話をしても相手が聞いてくれなかったり、解ってくれなかったりしたらコミュニケーションが取れているとは言わない。一方的に話をしても相手がしっかり話を聞いてくれて、分かってくれたならコミュニケーションが取れたのではないか。

 「相手に対して何を話したらいいか」と悩まずに、「相手の話を聞こう」と考えると気も楽だし、真剣に聞いてあげてうなずくだけでも充分だ。解らない話や言葉は「それはどんな意味なんですか?」と聞けばいい。わかったようなふりをしていると、話が先に進んで益々わからなくなり、うなずくこともできなくなる。聞くと相手は話を聞こうとしてくれているあなたに、喜んで話をしてくれるはずだ。

 勉強では、記述式の問題が増えている。都立の中高一貫校の適性検査は、ほぼ記述。だからここで勘違いが起きる。「表現力が大切だ」、「自分の考えを言葉にして書く力が必要だ」と。記述の問題は、自分の好きな事を書きなさいと言う問題ではなく、題材が与えられていてそれに対して、気づいたこと考えた事を書くのだ。だから簡単なのだ。与えられた題材の“話を聞いてあげる”、“題材を分かってあげる”ことをすればいいのだから。

 作文や小論文でも題材が与えられている。それに対して自分の意見考えを書く。

 それらは、人と人とのコミュニケーションと似ている。コミュニケーションが相手の話を聞いてわかってあげる事から始まると同様に、記述、作文、小論文も題材を見て読んで、題材を分かってあげる事から始まる。

 「コミュニケーションが話す力であり、記述の問題は表現力である」ことは間違いはないが、「コミュニケーションし聞く力であり、記述の問題は読み取る力である」ことが前提としてある事を忘れてはいけない。

 どんな事でもわかろうとすることから始まる!



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教わらないことの大切さ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人は一生成長し続けることができます。いや、『成長し続ける能力』があるのです。ところが大人になって伸び悩む人も少なくありません。どうしてでしょうか?伸び悩んでいる人の話を聞くと、「教わっていない」とか「知らなかった」、「聞いていない」、「身につかなかった」、「自分に合っていなかった」、「そもそも初めから嫌だった」・・・だんだん訳が分からなくなります。

 本来、自分自身に起きていることは自分に問題があり、自分の責任であるはずです。ところが伸び悩んでいる人の中には、自分以外に原因を作っている人もいます。それでは伸びること、つまり成長すること、言い換えれば“自分を変えること”はできません。

 勉強で新しい単元に入った時、誰もまだ教わっていませんし、知らないことの学習になります。そこで、「教えてください。教わらないとわかりません。」となるのか、自分自身で考えて、「なぜ、どうして。」と理解しようとするのかで差が付きます。わかろうとする子では新しい内容が身につき、それを利用して別の問題(応用問題や難問)に対しても積極的に取り組み、学力を伸ばしていくことができるのです。

 小学生の算数で、「台形の面積を求めよう!」と紙で切った台形を渡して考えてもらうと、教えなくても子供たちが自分自身で5通りくらいの方法を見つけ出します。(上底+下底)×高さ÷2という解き方は、そのうちの1つにすぎません。自分で学んで得たことと、誰かに教わって意味も理由もわからず、数字を当てはめて答えを出すのとは大違いです。

 ところが、中高生の中には教わる癖がついてしまい、考えればわかることを考えようとしなくなる子が出てくるのです。

 教わる学習は、「答えを出す。得点を取る。良い成績を得る。」という点では結果として、自らわかろうとする学習と同じかもしれませんが、将来のことを考えると、誰かに教わり教わった通りに行動していくことよりも、自ら知らないこと分からないことを学んで行動していくことが望ましいことです。

 ただ、教わる学習が悪いことと言うことではありません。意味を考えないで覚えること、理由もわからず使うこと、目的もわからず利用することが一生涯の成長を妨げる要因ではないかということです。また、教わらないとわからない知識(定義、語句など)は教わるか調べるかして身に着ける必要は当然あります。

 しかし、基礎知識を身に着けて、それを活用して新しい問題を解決していく力をつけるためには、「教わらない」こと、「自ら学ぶ」ことが大切です。「自ら学ぶ」ことで今まで誰もわからなかったことを解明したり、新しい技術を開発したりすることができるのではないでしょうか。教わらないとできない人は、誰もやった事がないことはできませんし、自ら新しい道を開拓することはできません。

 したがって、一生涯成長できるようになるために「勉強を教える」ということは、問題の解き方を伝えてその通りに子供達にやらせることではありません。それでは教わらないとできない、意味も目的も考えられない人間になってしまいます。

 我々は、いかに教えないで、塾生が自分自身で考え理解して新しい知識を身に着けていけるかを常に意識して指導しています。それをすることで、子供たちの持っている『成長し続ける能力』を最大限発揮できると考えています。


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小学生・中学生の学習法3 「意味の無いモノは存在しない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 親の時代は今の先生たちの時代でもあります。今の大人たちが、覚える事は大切だと考え、さらに必要だと思うのは無理も有りません。覚える勉強が役に立った時代であることは確かなのですから。

 もちろん私もその時代に生きていました。ですから、覚えるという事は当然でしたし、私も覚える勉強もしたことがあります。しかし、覚える勉強(丸暗記する勉強)は身に付かず、ある程度暗記できても次から次へと消えていくだけでした。

 人は意味のないモノは覚えられないようにできているようです。覚えるためには何かに関連づけたりすることが必要です。ですから、目的や理由を考え理解することが必要になるのです。漢字や慣用句や英単語を由来から学ぶと忘れないのと同じです。何も意味のないモノは殆どありませんが、数字の羅列等はごろ合わせを利用したり、漢字や語句を由来するのも、意味を持たせる一つの手段です。

 目的や理由を考え理解することができれば、自然に覚えようとしていたモノが自然に出てくるようになるのです。覚えなくても正解を出すことが可能になります。しかも表現が違っていても答えることができ、身に付けたモノを利用して別の問題も解く事ができます。知識を組み合わせたり応用させたりすることで、今まで誰も出来なかった問題も解く事も可能です。

 丸暗記は覚えた事しか答えられませんが、理解は無限の問題を解く事ができるのです。

 「覚えればできる」、「○○は暗記教科」と大人が言うたびに子供たちは、意味を考えようとせず、理由を理解しようとせず、本当は勉強ではない「丸暗記」という作業に時間を費やすことになるのです。

 「今、覚えようとしていることには意味があるんだよ」と大人たちが言ってあげれば、子供たちは意味を考えたり、理由を理解したりしようとするのではないでしょうか。

 人は見て聞いて、そこから何かを感じ、発見し自分の未来の糧にしていくことで成長していくことができます。

 私は子供たちに、見たり聞いたりしたことを、そのまま覚えていればいいと考えている人間になって欲しくありません。見たり聞いたりしたことから、意味を見つけ出して欲しいです。それが、人を育み成長させていくことにつながると思うからです。

 この世の中にある全てのモノは存在する意味があるのです。1つのモノから無限の発見があり、子供たちの可能性も無限大なのです。


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